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スポーツライター 青島健太の注目アスリート 前人未踏の領域に踏み込んだ 桐生祥秀選手の快走

写真提供:産経新聞

一度行ったことのあるお化け屋敷に、もう一回行ったところで、もう怖くはないだろう。まだ登ったことのない山でも、詳細なガイドブックがあれば、途中の難所や急登も、ある程度予想できる。何より、ガイドブックがあるということは、もうすでに誰かがその山に登っているのだから、それだけでもかなりの安心材料になる。山や森、どんなところでも、道があればホッとする。

前置きが長くなってしまった。陸上競技、男子100メートルの話である。追い風参考記録ながら、日本の桐生祥秀選手(東洋大学)がとんでもない記録を打ち立てた。日本時間3月29日、アメリカ、テキサス州で行われたレースで優勝。そのタイムは、なんと9秒87だった。

現在の日本記録は、1998年に伊東浩司さんがタイのバンコクで出した10秒00だ。この壁が長い間破られていない。桐生選手の快走も参考記録なので記録更新とはならなかった。しかし、桐生選手が追い風参考とはいえ9秒台で走ったことは、紛れもない事実だ。つまり、誰も入ったことのないお化け屋敷を、彼は一回のぞいてきたのだ。

また桐生選手のライバルたちは、その走りの様子や感覚を本人から直接、あるいは間接的に聞き、まるでガイドブックを手にしたように、9秒台の登山情報を知ることになるだろう。

何が言いたいか。そう、誰かが一度やってのけたことは、その瞬間から情報や体験が共有されて、ウソのように、それまでの壁をみんなで越え始めるのだ。それは、どんなスポーツでも繰り返されてきたことであり、それがスポーツの本質であり、魅力であり、歴史でもあるのだ。

100メートル走の記録もマラソンの記録も、水泳の世界記録も、プロ野球のホームラン記録も、何であれ誰かが越えた途端に、それはもう壁ではない。

残念ながら、桐生選手にとって凱旋第一戦となった織田幹雄記念国際陸上競技大会(4月18・19日)での日本記録更新はならなかったが、誰かが9秒台で走るのは、もう時間の問題だろう。

これはきっと、どんなことにも当てはまる成功や発展のプロセスなのだと思う。誰かが未踏の地に道筋をつけると、その道を使って次のステップが始まる。何事も誰かのチャレンジが次の現実をつくり出すのだ。

青島 健太 スポーツライター&キャスター 1958年新潟市生まれ。埼玉県立春日部高校から慶応義塾大学、東芝を経てヤクルト・スワローズに入団。プロ野球初打席で初ホームランを記録。引退後は、オーストラリアで日本語教師を務め、帰国後、あらゆるメディアでスポーツの醍醐味を伝えている。

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