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スポーツライター 青島健太の注目アスリート オリ・パラがつなぐ 未来へのレガシー

写真提供:産経新聞

3月の終わりに札幌で、「スポーツが創る! 地域の理想の未来像」(主催・笹川スポーツ財団)と題したシンポジウムがあった。遠藤利明オリンピック・パラリンピック担当大臣の基調講演に続いて、遠藤大臣と高橋はるみ北海道知事、長野五輪ジャンプ団体金メダリスト原田雅彦氏(雪印メグミルクスキー部監督)によるパネルディスカッションが行われた。

2020年東京五輪・パラリンピックをどう迎えたらいいのか? そしてそのレガシー(遺産)を、次の世代にどう引き継いでいったらいいのか? 私は進行役を任された。

その中で原田氏が言及した事例が、今回のテーマにピッタリだと思ったので、ここで紹介しておこう。それは1972年の札幌冬季五輪から始まるレガシーについてだ。札幌五輪で日本のジャンプ陣は、金銀銅のメダルを独占する。「日の丸飛行隊」と呼ばれた選手たちの偉業である。この時、原田少年はまだ3歳だった。しかし、小学校中学校の選手として活躍が始まると、金メダルを取った笠谷幸生さんに会い、指導を受けることになる。そして五輪マークの刻まれた札幌のジャンプ台で飛ぶようになると、その五輪エンブレムを見ながら、いつか自分も五輪で金メダルを取りたいと思うようになったというのだ。果たして、その夢が長野五輪でかなう。

ところがこの物語は、ここで終わらない。原田選手の故郷、北海道上川町で一緒にジャンプに取り組んでいた仲間がいた。高梨という少年である。彼も素晴らしいジャンパーだったが、天才・原田にはかなわなかった。引退後は地元でコンビニを経営しているが、その娘が世界を席巻する。高梨沙羅選手である。原田氏は、彼女が小さいときから、折々にアドバイスを送り、応援し続けてきた。札幌のレガシーが、高梨選手の活躍にまでつながっているのだ。

原田氏は五輪の魅力をこう語った。「感動を伝えられることが一番の魅力ですね。選手から監督に立場が変わっても、感動を与えるという役割は変わりません」

来る2020年の東京では、多くの人が、この運営に関わることだろう。大切なことは、その施設や体験をどうやって次の世代に引き継いでいくか? 東京五輪・パラリンピックはゴールでなく、始まりだ。その意識の共有が、この大会の成否を決めることになるだろう。

青島 健太 スポーツライター&キャスター 1958年新潟市生まれ。埼玉県立春日部高校から慶応義塾大学、東芝を経てヤクルト・スワローズに入団。プロ野球初打席で初ホームランを記録。引退後は、オーストラリアで日本語教師を務め、帰国後、あらゆるメディアでスポーツの醍醐味を伝えている。

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