パ・リーグのクライマックスシリーズ、ファイナルステージ第5戦でほほ笑ましいシーンがあった。
今シーズン限りでの引退を表明した北海道日本ハムファイターズの稲葉篤紀選手に若手のホープ中島卓也選手とクリーンアップを打つ陽岱鋼選手が、試合中にもかかわらずバットを持って稲葉選手の周りに集まってきたのだ。何をするかと見ていれば、稲葉選手の持つバットに、中島、陽の両選手が自分のバットをこすり付けているのだ。
この直前、代打で打席に立った稲葉選手は、センター前に快心のヒットを放ちチームのムードを一気に盛り上げていた。その稲葉選手のバットに自分のバットをこすり付ける。二人は、稲葉選手の「運」をもらおうとしていたのだ。
稲葉選手の気配りはそれだけではなかった。この試合で先発した大谷翔平投手が2回に4点を失った。この試合を落とせば日本ハムのシーズンが終わる。稲葉選手は早々と失点した大谷投手に毎回ベンチで語り掛けていた。どんな話をしていたのかは分からないが、稲葉選手が気落ちしている大谷投手を励まし続けているのだけはよく分かった。
その後、そんな大谷投手が踏ん張って4失点だけに抑えたことが、この試合のポイントだった。そして、同点に追いついた後、最後にゲームを決める2点タイムリーを放ったのも、稲葉選手のバットのご利益をもらった中島選手だった。
稲葉選手は、現役生活を振り返って言った。「どうしたらもっと打てるようになるのか? 悩み続けてきた20年でした」。
打って走るときはもちろん、守備につくときにも彼はいつも全力疾走を怠らなかった。とにかくどんなことでも手を抜くことがない。
しかし、稲葉選手はこうも言った。
「大事なことは、オンとオフのスイッチの切り替えだと思います。だから野球をやるときには徹底的にやる。でもオフのときには、遊びにも全力疾走です(笑)」
若い選手にも積極的に話し掛け、チームをさまざまな形でサポートしてきた稲葉選手の引退は、寂しい限りだ。しかし、その野球への姿勢は次の時代を担う選手たちに着実に受け継がれている。バットをこすり合わせて渡したものは、「これからは頼むぞ」という未来へのバトンでもあったのだろう。
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