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スポーツライター 青島健太の注目アスリート 岩崎恭子さんが振り返る 金メダルとその後の戦い

写真提供:産経新聞

大阪府松原市で行われたシンポジウムで、あの岩崎恭子さんとご一緒した。

1992年バルセロナ五輪、競泳女子200M平泳ぎ。史上最年少、わずか14歳で金メダルに輝いた岩崎さんは、レース後のインタビューに答えて言った。

「今まで生きてきた中で、一番幸せです」

さまざまなメディアで五輪新記録の泳ぎと、この発言が取り上げられて彼女は一躍国民的スターになる。地元の静岡県沼津市も大騒ぎ。ひとりで外出もできないほどの日常が待っていた。さまざまなところで開かれる祝賀会と歓迎会。当時を振り返って岩崎さんは言う。

「たぶん世界一たくさんの大人と会った中学生だと思います(笑)」

しかし、そんな彼女からどんどん笑顔が消えていった。どこで泳いでも周囲から注目が集まることは仕方のないことだったが、彼女が一番悩まされたことは、世界を制した金メダルの泳ぎを取り戻せないことだった。

「それは、『どうしてこんなに進むの?』というくらい気持ちのいい泳ぎだったんです。ところがその感覚がまったく戻らない」

苦しみの中でもがき続けた岩崎さんは、それでも諦めずに4年後のアトランタ五輪に出場する。しかし、表彰台に上ることはできなかった。

何が違ったのか? 岩崎さんは、金メダル後の泳ぎを振り返って、こんなふうに分析する。

「とにかく優勝したレースは気持ち良かったんです。でも、思い出す気持ち良さには、金メダルを取った喜びが後から加わっていたような気がする。増幅されたイメージを追いかけてしまった。それはもう体験することのできない快感だったはず。それを取り戻そうとしたことで、自分らしく自然に泳ぐことができなくなっていたと思うんです」

それは金メダルの残像か? はたまた興奮の後遺症か? 14歳の少女は、世界一という偉業に振り回される。それでも岩崎さんは言った。

「金メダリストというプレッシャーに負けないで、アトランタ五輪に出場できたことが私の誇りです。そしていろいろ悩んだことが、今の私の財産になっています」

98年に引退。現在は一児の母になっている岩崎さん。金メダルの光と影を懐かしそうに語った。

青島 健太 スポーツライター&キャスター 1958年新潟市生まれ。埼玉県立春日部高校から慶応義塾大学、東芝を経てヤクルト・スワローズに入団。プロ野球初打席で初ホームランを記録。引退後は、オーストラリアで日本語教師を務め、帰国後、あらゆるメディアでスポーツの醍醐味を伝えている。

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