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アジアの風〜ビジネスの先を読む〜 香港への惜別

香港の夜景はこれからも変わらないが、その役割や機能は変質するだろう

香港のことを考えると誰しも感傷的になる。香港は世界でも比肩するもののない特別なまちだからだ。旅行、出張、留学、就職、トランジットなど目的は違っていても、香港の空港(かつては啓徳空港、現在は赤鱲角(せきろうかく)空港)や駅に降り立った瞬間に襲いかかる蒸し暑く濃厚な空気、けたたましい広東語は中国というより、アジアを感じさせてくれた。多様性と活気、楽観、チャンス、包容力を直感させるまちでもあった。

香港を訪れたことがなくてもウイリアム・ホールデンとジェニファー・ジョーンズが主演した映画『慕情』の映像と主題曲によって香港が心に刻みこまれている年配者も少なくないだろう。

中国政府は6月30日、香港国家安全維持法(国安法)を公布、施行した。貿易、金融の両面でアジアのハブであり、中小企業を含め、日本企業の重要な拠点だった香港は大きく変質し、これから「中国南部の一都市」に急速に変わっていくだろう。「香港は不死鳥」と信じる人も多いが、統治する中国政府の狙いが香港の影響力削減と本土への吸収・同化、言い換えれば「従順な香港」である以上、これまで香港の繁栄を支えてきた要素は薄れていくとみるべきだ。

日本企業にとって問題は二つある。国安法への対応と香港拠点の扱いである。企業として政治的な意思表明をする必要はまったくないが、「踏み絵」を踏まされる状況になった時に示す意思はあらかじめ固めておかなければならない。トランプ政権が香港をめぐって厳しい制裁を中国やその他の国の政府機関、企業、個人に発動する以上、日本企業は米中双方から踏み絵を踏まされる恐れがある。香港の拠点を閉める日本企業が多数出てくるだろう。その時に「ポスト香港」をどこにすべきか、今から知恵を巡らせておく必要もある。

一つの解は、中国国内向けの業務はそのまま香港に残すか、深圳(しんせん)や広州に移転する。グローバルな業務、ハブ的機能は東京など日本国内またはバンコクに移転することだろう。香港が担っていた二つの役割を分離するわけである。

日本など外資が中国に展開した工場の25~30%は今後、数年で海外に移転するとの見方がある。香港自身の変質だけでなく、中国事業そのものの変化を捉えて、次の一手を打つべきだ。

観光地としての香港はこれからも変わらないだろう。ビクトリア・ピークも「百万ドルの夜景」も二階建てのバスやトラムも残り、飲茶の味も変わらない。だが、それは表面上のことにすぎない。

後藤 康浩(ごとう・やすひろ) 亜細亜大学 都市創造学部教授 早稲田大学政経学部卒、豪ボンド大学MBA取得。1984年日本経済新聞社入社、国際部、産業部のほかバーレーン、ロンドン、北京などに駐在。編集委員、論説委員、アジア部長などを歴任した。2016年4月から現職。アジアの産業、マクロ経済やモノづくり、エネルギー問題などが専門

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