政府が進める「人生100年時代構想」もあり、今後ますますシニア層や健康を意識したビジネスに注目が集まってくるだろう。ただ、ひと口にシニア層といってもその意識や行動は、より幅広くなってくることも予想される。そこで、今号では、元滋賀県知事で「100歳大学」を提唱し、運営している國松善次さんの視点も踏まえて、健康と長寿を強く意識したビジネスに取り組んでいる各企業の戦略に迫った。
総論 「100歳大学」を全国に普及させ高齢者が地域に貢献できる社会に
國松 善次/一般社団法人健康・福祉総研理事長 元滋賀県知事
滋賀県栗東市と湖南市に、高齢者を対象にした「100歳大学」がある。2015年9月に開校したこの学校では、65歳以上の高齢者たちが、福祉や健康づくり、生きがいづくりなどを柱に“老い方”の基礎を体系的に学んでいる。この100歳大学を提唱し、両市からその運営を委託されている一般社団法人健康・福祉総研の理事長である國松善次さんは、同大学を「第2の義務教育」の場と捉えているという。その理念はシニアビジネスに対する示唆も含んでいる。
人生100歳時代の生き方に対応する努力を
─厚生労働省の研究機関である国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の100歳以上の高齢者の人口が、現在の約7万人から30年後には約50万人にまで増えると予想されています。
國松善次さん(以下、國松) 65歳以上が人口全体の7%を超えたら高齢化社会、その倍の14%を超えたら高齢社会、さらに21%を超えたら超高齢社会などとされていますが、これがさらに増えたら、もう異常高齢社会としかいいようがありません。日本はその最先端を進んでおり、世界に先駆けて、人生100歳時代の生き方を問われているともいえます。今こそ、個人と社会が覚悟を持ってそれに対応する努力をしていかなければいけません。
─「100歳大学」は國松さんが構想し、提唱されたということですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。
國松 私はかつて滋賀県庁の職員として福祉行政を担当していました。今から三十年ほど前のことですが、そのとき、大変な勢いで高齢者が増えていることを知りました。それも寝たきりの高齢者が大勢いて、床ずれをつくっていたのです。ところが、視察で訪れた北欧では、そのようなことがほとんどありませんでした。当時、日本の老人介護ではベッドの上で食事させることが多いのですが、北欧では高齢者が自立することを前提に介護しており、朝起きたらベッドから出てご飯を食べさせている。日本のやり方ではかえって悪い結果になることを知りました。それがそもそものきっかけです。
─その後、滋賀県ではどのような福祉政策を取るようになったのですか。
國松 まずは高齢者の健康づくりに取り組みました。国では健康づくりには運動、栄養、休養の三つが必要だとしていました。それは正しいのですが、本人に生活の生きがいがなければ健康づくりに取り組む気にはなれません。そこで滋賀県では生きがいと健康診断の二つも必要だとして、この五つを柱にしてテキストをつくり、県の高齢者に健康づくりに取り組んでいただくよう呼び掛けていきました。それを二十数年間行ってきたら、2015年に滋賀県の男性の平均寿命が都道府県別で全国1位になりました(女性は4位)。
人生の下山に向けた準備の教育システムが必要になる
──そこから100歳大学の開校にどのように結びついていったのですか。
國松 人生には生まれてから成長するまでの「上り」と、年老いて死ぬまでの「下り」があります。高齢化によって今では「下り」の方が長くなり、かつそこに認知症や寝たきりなどの深刻な課題があります。人は6歳になると義務教育が始まり、これから成長していくために必要な知識を学ぶように、人生100歳時代を迎えるにあたり、人生の下山に向けて準備するための教育システムも構築しなければ、高齢化の問題を乗り越えていくことはできません。そして将来的には、これを「第2の義務教育」として制度化するべきだと考えています。そこで、まずは老いに向けた基礎教育を高齢者が受ける仕組みを市町村が中心になってつくっていただくために、私の地元である栗東市に提案し、15年から始めました。
─100歳大学ではどのようなことを学ぶのですか。
國松 栗東市では65歳と66歳、湖南市では65歳以上の人を対象にしており、基礎科目として健康づくり、生きがいづくり、福祉の現状、地域の課題、幸せづくりの5教科を学びます。講師は現場でそれらを実践している方々が中心で、講義を聞くだけでなく、ディスカッションをしたり、現場を見たり、体を動かして体験してみたりと、さまざまな形で身に付けていきます。また、男性向けに料理教室、女性向けに体操教室、男女別の認知症教室などを設けています。これらを毎週1回、同じ曜日、時間に行っており、年間40回以上の授業となります。男女別なのは、男女では老いの中身が異なるからです。
─100歳大学の授業はどこで行っているのですか。
國松 100歳大学を開校するにあたり、専用の建物は建てていません。栗東市にはコミュニティセンターが複数あるので、そこの教室を借り、3カ月間同じところで実施したら、別のセンターに移して授業をしています。こうすることで、高齢者の方々が自分の住む地域以外のまちを再発見することを期待しています。今のところは実験的な段階ですからこれでいいのですが、将来的に義務教育化するとなったら、専用の建物を用意する必要が出てくるとは思います。
人づくり、まちづくりとして高齢化対策に取り組む
─人生100歳時代を迎えるにあたり、これからの高齢者はどのような準備をしていく必要があるとお考えですか。
國松 老いをしっかり受け入れる準備と覚悟をする必要があります。すべては自己責任です。そのことを自覚し、まずは人生の目標を持つことです。例えば100歳まで生きるとか90歳まで生きるということに合わせて、自分はこういうことをしたいと。それはスポーツでもいいですし、踊りや歌、俳句でもいい、社会貢献でもいい。そのような生きがい目標を具体的に持つことが欠かせません。そして、そのために仲間を持つ必要があります。一人では必ず挫折します。継続することが一番難しいのです。仲間をつくれば互いに励みになるし、あちらがこんなに頑張っているんだから自分も頑張らねばという気持ちになり、長続きします。
─高齢者を支えるために必要となる地方自治体などの支援体制については、どうするべきだとお考えですか。
國松 まず、市町村は100歳大学のような仕組みをつくった方が得だということに早く気付いてほしい。そして実施してほしい。その中身については、滋賀の100歳大学の内容が絶対なのではなく一つの提案なので、お互いに知恵を出し合って、より良いものをつくればいい。まずは、ぜひ実践していただきたいというのが一点です。
もう一点は、これを人づくり、まちづくりとしてやっていただきたいということ。100歳大学の授業の中身は行政がやらなくてもいいのですが、地方自治体が主催することで、それがまちづくりにつながります。人づくりとして健康長寿の人たちが増えれば、その人たちが地域に貢献してくれます。特に老後の支え合いや子育て、防災など、行政だけでは手の行き届かない部分はたくさんあり、そこに高齢者たちが貢献できることは数多くあります。
─100歳大学では、地域貢献についても学ぶのですか。
國松 そうです。100歳大学では地域の課題についても基礎科目で学んでいます。高齢者は時間があり、その時間を使って地域に貢献することができます。そのことが自身の生きがいにもなり、それが健康にもつながるということを学んでいただいています。老後の生きがいは趣味だけではないのです。
─100歳大学の理念と内容は、今後どのような形で普及・発展させていく予定ですか。
國松 今は100歳大学を実験的に地元の滋賀県で行っていますが、これを全国に普及させようとしています。そのために私は昨年4月に健康・いきがい開発財団の副理事長になりました。ここは「健康生きがいづくりアドバイザー」を養成する機関で、そこで100歳大学の必要性、効果、開設の方法などを解説するマニュアルをつくっています。今春には完成させて、全国の市町村に呼び掛けます。行政が真剣に考えてくれたらと期待していますが、その壁が厚いのも知っています。私は時間をかけてでも、そこに穴を開けたいと考えています。
企業と高齢者が一緒になって次のビジネスを考える
─労働者そして消費者の高齢化が進む中、民間企業はどのようにしていくべきだとお考えですか。
國松 これからの消費者は高齢者が多くなっていくことが確実なので、企業がいかにそこにビジネスとして関わっていくかを真剣に考えるべきだというのが一つ。もう一つは、今までのような働き方の制度や考え方では人手不足を招き、企業やビジネスを継続できなくなります。ですので、企業が高齢者と一緒にビジネスを成功させる方法を真剣に考えるべきです。
それが“ひと味違う健康長寿ビジネス”になるかどうかは分かりませんが、いずれにしても、シニア市場だけではなく、市場と労働力に異変があるということを知り、対策を取るべきです。
─最後に、80歳となった國松さんご自身の今後の目標は。
國松 私は70歳でマラソンを始めて、フルマラソンを3回走りました。その後も自転車で、75歳から3年4カ月かけて日本一周もしました。80歳を超えた今は、ミャンマーの「白骨街道」と呼ばれる、戦時中のインパール作戦で多くの兵士が亡くなった地域を自転車で巡り、慰霊することが目標です。 そしてもう一つは、100歳大学を全国に普及させることです。確実に普及するところまでは見届けられないにしても、タネだけはできるだけ多くまいていきます。老いてから学ぶことで得することは多いですが、学ばないままでは残念ながら不幸です。それを多くの人に伝えていきたい。だから毎日が忙しいですよ。
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