今号は、異業種からの創業ながら、経営者自らの信条を社内に浸透させ、好業績を挙げている事例をご紹介します。
「信頼」に値する仕事を
福岡県福岡市に「エアー工業」という空調工事会社があります。社長の酒井保宏さんはかつて、生命保険会社の営業マンでした。しかし、勤務先の経営状況が悪化したため一念発起。自営業者になることを決意したのです。選んだのは空調工事業です。偶然、友人の父親が同業を営んでおり、創業の前後に何度かアドバイスを受けました。あるとき、その社長から「空調って何か分かる?」と、唐突に質問された酒井さん。答えに窮していると、社長は「〝5月のそよ風〟だよ」と教えてくれました。空調の仕事とは、1年の中で一番肌当たりのいい、心地良い風をつくることだというその真意を知り、酒井さんは始めたばかりの自分の事業に誇りと自信を持つことができたそうです。
また、未経験分野での創業に不安はあったものの、酒井さんには一つの信念がありました。それは、どのような事業でも基本は「信頼」に尽きる、ということ。トップセールスを誇っていた生保勤務時代も絶えず意識していたのは、客に提供するものは保険という金融商品ではなく、「信頼」であるという思いでした。中小の設備工事業の客は地元のゼネコンや大手サブコン(ゼネコンの大手下請業者)です。それら顧客にとって、自社が提供する工事は信頼に値するものなのか。その視点が、酒井さんの経営の軸足になりました。
社員一丸で問題意識を共有 市内トップクラスの収益に
平成9年の創業以来、その視点は在籍する10人の社員にも浸透。近年、空調業界は予算との兼ね合いから工期短縮の傾向にありますが、社員たちはそれぞれ「自分の仕事は客から見て信頼に値するか」という問題意識を持ち、高い工事品質と納期厳守に努めています。それゆえに、時には人件費やコストがかさみ、赤字となってしまうことも。しかし、酒井さんは「信頼に代えられるような利益に意味はない」と、その信条がブレることはありません。
同社には自社のホームページもなく、広告営業活動も一切行っていませんが、信頼を糧に、大手サブコンや空調機メーカーから多くの指名を獲得。規模は小さいながらも、市内でトップクラスの稼働率と収益を挙げることで存在価値を発揮し、社員の年収アップを図っています。
経営者が自社のサービスの価値を追求し、それを社員の行動にまで浸透させれば強い企業をつくれる、という好事例です。
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