今号は、私が講師を務める創業塾(東京都台東区主催)の卒業生の事例をご紹介します。
息子の自立に向け創業を決意
昨年5月、東京都台東区の蔵前に一軒のコーヒー豆焙煎店がオープンしました。オーナーの白羽玲子さんは以前、出版社の営業部員として働いていました。しかし、当時の白羽さんには自身の子どもの将来について悩みがあったといいます。6歳の次男に、自閉症というハンディキャップがあったのです。実母の死を境に、白羽さんは「自分たちの死後も、障がいを抱えたこの子に自立した生活を送らせたい」と真剣に考え始めたそうです。
白羽さんが選んだ道は、自らが創業することでした。「息子には、親の手助けがなくても働ける場と専門技術を授けよう」。それが大きな目標となりました。業種を決めるに当たり、まずは息子の特性を第一に考慮。モノづくりに関連した技術であること、そして自宅の近隣で省スペースでも開業できること、という2点を意識しました。一方、多くの障がい者施設でクッキーやケーキが製造されていることにも着目。それらと組み合わせて販売できるものを検討した結果、小規模店でも扱いやすい、コーヒー豆を商材にすることにしたのです。
障がいのある多くの人に働く喜び伝えたい
しかし、コーヒーについては全くの素人だった白羽さん。創業前に焙煎技術や営業ノウハウの習得が必要でした。そこで、知的障がい者が無理なく扱える「電気式の焙煎機」を使うコーヒー豆店に弟子入り。焙煎作業を基礎から学びました。秒単位で行う焙煎時間の管理や、生豆から蒸発した水分のグラム数の把握、手間の掛かる〝欠点豆〟の除去。修業を通して、息子に向きそうな仕事であることを発見できたのも大きな収穫でした。
こうして1年弱の準備期間を経て開店した店は、息子が今春に入学予定の小学校から徒歩5分。何かあってもすぐに駆け付けられる最適の立地です。店名の「縁の木」には「人と人とのつながりを大切に育てたい」との思いを込めました。
白羽さんは20年の営業キャリアを生かし、個人だけでなく法人とも取り引きをしています。オフィスコーヒーとしての販売や、ドリップパックした個装コーヒーをノベルティ(企業が顧客に無料配布する品)として提案販売するのです。 息子が働くようになるまで、あと十数年。白羽さんは、早く店を軌道に乗せ、他の障がい者にも焙煎の就労訓練を行いたいと考えています。「施設にこもりがちな障がい者に、技術を磨く楽しさ、働く喜びを実感してほしい」。夢は大きく広がっています。
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