長く商売を営んでいると、その業界の常識にとらわれて、それが正しいものと思い込んでしまうことがある。従来の商慣習や仕組みを当然のものとし、それによって生じる顧客の不満、不便、不信、不快などの「不」に気付こうとしない。
ビジネスの革新は、そうした「不」を顧客の立場に立って解消することによって成し遂げられていく。ならば、本気の素人が自身の「不」の解消のために顧客視点に徹して商売をしたほうがいい。
そんなことを考えさせられる企業を取材した。
きっかけは理想の枕選び
誰でも一日の相当の時間を共に過ごす枕に特化して急成長している会社がある。その名も「まくら株式会社」。創業のきっかけは、社長の河元智行さんが枕選びに悩んだことだった。
「知人に誘われて新しい枕を買いに行ったのですが、首は痛くなり、頭は痛くなり、寝られなくなって……。枕一つでこんなに違うのかと、それから枕に興味を持つようになりました」
河元さんは理想の枕を求めて歩き回り、蓄えた経験と知識を手づくりのホームページで公開すると、掲示板には同じ悩みを持つ人があふれた。
それだけ知識があるのならば、ぴったりの枕を紹介してほしい、売ってほしいという声に押され、河元さんは平成16年、「まくら」を設立して枕の販売を始めた。事業目的は「人と枕のミスマッチを解消する」こと、そして「人と枕の出合いをプロデュースする」ことだった。
「理想の枕との出合いは難しい」と河元さん。同じ体型の人であっても、同じ枕が気に入るとは限らない。ベッドの柔らかさをはじめ、眠る環境が変われば、枕への評価は大きく変わる。自宅で試せるのが一番──そう考えた河元さんが選択したのがインターネットによる販売だった。
購入者は届いた枕をそのまま自分のベッドや布団で使うことができる。多くのメーカーの製品をそろえられるのもネット通販のメリットだった。現在、同社ではネットショップ18店舗を運営、25社の枕およそ500アイテムと、寝具およそ2万7000アイテムを扱っている。
ネット通販返品可で安心
もっとも、ネット通販には購入前に直に触れて選べないというデメリットがある。そこで「寝ごこち安心保証」の対象商品は、商品到着後20日以内に連絡すれば返品できるようにして、顧客に安心して購入してもらえるようにした。さらには、50種類以上の枕の中から3つを選んで、1000円で20日間使うことができる「枕のレンタルサービス」も、顧客に安心感をもたらした。
同社では、ほかにもネット通販の不安を払拭(ふっしょく)する取り組みを重ねた。同社サイトの商品説明では、マイナスの情報も率直に説明されている。「例えばそばがらの枕は虫がわく可能性があります。薬を使わなければ余計にそうなりがちで、そのようなことはあらかじめ告げておくようにしました」(河元さん)
ほかにも、神社と連携した枕への安眠や安産などの祈祷・祈願、枕を処分する際のおはらいをはじめ、名入れ刺繍、抱き枕のような大型商品にも対応するラッピング、さらには広告入り枕カバーまで、さまざまなサービスを提供するなど、枕についてのあらゆる情報と商品を集め、ネット通販のデメリットを克服した同社のサイトには、枕で悩む人が大勢集まるようになった。同社は社名通り、枕専門店として広く認知され、設立以来増収を続けている。
使命のためなら競合他社も紹介
さらに昨年5月には、全国のオーダーメード枕の販売店を紹介したサイト「まくらる。」を立ち上げた。そこでは全国200店舗を超えるオーダーメードの枕をつくる店が紹介されている。
オーダーメード枕は今のところ同社では扱っていないが、枕を販売する以上、競合することに変わりはない。それでもこのサイトを立ち上げたのは、「オーダーメード枕はいま急激に伸びています。それをより広く知らせていくことが『人と枕の出合いをプロデュースする』というミッションを掲げる当社の使命だと感じたからです」と河元さんは語っている。
自らを〝枕バカ〟と称する河元さん。本気の素人は、これからも枕をとことん極めていくつもりだ。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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