政府はこのほど、2015年度の年次経済財政報告(経済財政白書)を取りまとめ、公表した。白書では、労働力問題について「人手不足が成長の制約になる」と指摘。女性・高齢者など国内労働力の活用と円滑な労働移動、生産性向上とイノベーション促進に向けた提言を行っている。白書の概要は次のとおり。
第1章 景気動向と好循環の進展
第1節 経済再生の前進と最近の景気動向
○日本経済は、2012年末に持ち直しに転じて以降、総じてみれば、個人消費を中心に内需が主導する形で回復してきた。また、デフレ状況ではなくなる中、名目GDP成長率は、15年1-3月期には現行基準で遡及できる1994年以降最大の伸びとなった。
○また、14年度の企業収益は、13年度に続き、過去最高水準となった。
○さらに、雇用・所得環境の改善が続くなど、経済の好循環が着実に回り始めており、およそ四半世紀ぶりとなる良好な経済状況。
○14年末からの原油価格下落を受け、交易条件が改善、交易利得がプラスに寄与し、14年10-12月期以降、実質GNIは増加。
○前回消費税率引き上げ時と比べ、今回は、雇用者数はほぼ同程度増加する一方、名目賃金の伸びはデフレマインドがなお残る中、結果的に前回を下回った。所得全体としては前回をやや下回る伸びにとどまった。一方、税率引き上げ幅が大きかったことや輸入物価の上昇などにより物価上昇率が前回よりも高かったことから、実質総雇用者所得がマイナスとなり、消費が抑えられた。
○低所得者層のうち、60歳未満の現役世代の回復の遅れが消費の持ち直しの動きが弱かった一因。15年に入ってからは、高齢者、現役世代ともに増加傾向。
○企業部門では、過去最高水準となっている企業収益と比べると、設備投資の回復の動きは弱め。研究開発などの無形資産や海外投資などを高める動きもある。
○13年末頃からは、減価償却費を上回る設備投資が実行されるようになったことから、国内の有形固定資産が増加に転じる動き。
第2節 好循環の進展とデフレ脱却に向けた動き
○労働需給は非製造業を中心に引き締まりつつある。
○好調な企業収益が賃金の上昇へ波及、経済の好循環が進展。
○物価については、消費者物価(コアコア)は13年春以降、おおむね緩やかに上昇。前回、デフレ状態ではなくなった06年春以降と比較すると、今回は、サービス価格の安定的なプラス寄与がみられる、という特徴がある。
○GDPデフレーターは上昇傾向。需要面では、13年7-9月期以降、民間最終消費要因が押し上げに寄与。
○所得面では、14年4-6月期以降、単位労働費用要因がプラス寄与。同年1-3月期以降、単位利潤要因がプラスに寄与しており、利潤が雇用者へ配分されることで賃金が上昇していくことが期待される。
○単位労働費用は、製造業では、前回、今回ともに単位賃金がおおむねプラスに寄与。今回は単位賃金の押し上げが大きく、14年4-6月期以降おおむねプラス。
○非製造業では、前回はおおむねマイナスに寄与していた単位賃金が、今回はおおむねプラスに寄与。
第3節 「量的・質的金融緩和」の進展状況とその効果、経済と財政の一体的改革に向けて
○「量的・質的金融緩和」導入頃から、予想物価上昇率は上昇。
○イールドカーブは全体的にフラット化。
○日本銀行以外の主体では、全体として国債からそれ以外の資産へのシフトがみられる。国内銀行では緩やかながらポートフォリオ・リバランスが進んでいる。
○中小企業は、運転資金を中心に資金の調達を増加、企業活動を拡大。
○債務残高対GDP比はデフレ下で持続的に上昇。11年度以降、上昇傾向に歯止めが掛かりつつあるが、引き続き、デフレ脱却・経済再生と財政健全化の一体的取り組みの強化が必要。
○わが国の税・社会保障などを通じた受益と負担の構造について、過去約20年間の変化をみると、①現在、受益が大きい高齢者は、60代では年金支給開始年齢引き上げに伴い年金支給額が減少する一方、70代では受益が増加、②現役世代のうち、子供のいる世帯は、負担が増加する一方で、教育サービスなどの受益も増加、などの特徴。
第2章 成長力強化に向けた労働市場の課題
第1節 国内労働力のさらなる活用に向けた課題
○わが国の30~40歳代の女性の労働力率はなお低めであり、活躍の余地。
○女性のパートが先進諸国並みにフルタイム化する、もしくは出産・育児に専念している女性が労働参加すれば、総労働供給は1・5%程度増加。
○13年以降、柔軟な働き方を希望する女性や高齢者の労働参加に支えられ、就業者は増加。女性や高齢者は非正規就業が多いことから、非正規比率は上昇。足もと、若年・中年層の正規化の動きから、同比率はおおむね横ばい。
○企業は、これまで名目GDPが減少する中で、雇用の維持を図りつつ賃金水準の低い非正規雇用を拡大させることなどによって、労働コストを調整。
○労働需給が引き締まりつつある中、全体的に正社員に対する雇用スタンスは積極化。加えて、運輸・小売・宿泊・飲食業では、限定正社員や無期パートの雇用を進めることで、人材の定着を図る動きが顕著。
○企業は、パートなどの無期化や、正社員の能力・成果をより重視した賃金体系への見直しによって、貢献度改善を期待。教育・訓練投資の充実などを労働生産性向上に結び付けていくことが重要。 ○好業績企業は、これまで有期雇用者を増やしてきたが、先行きは正社員化や無期化を展望。人的資本の活用方法の見直しなどが期待される。
第2節 円滑な労働移動と経済成長
○わが国の労働移動の規模は小さい。限りある労働力をより効率的に配置していくために、失業なき労働移動を促進していくことが求められる。
○マクロの労働生産性を高めていくためには、生産性の高い業種への労働移動だけでなく、個別産業ごとに労働生産性上昇率を高めていくことの効果が大きい。
○企業単位でみると、高収益の企業(ROAが高い企業)ほど雇用者数の伸び率が高く、生産性の高い企業へと労働力がシフトしている。ただし、こうしたシフトの動きは、徐々に弱まっている可能性。
○高収益企業と低収益企業の雇用の伸び率格差の縮小は、①製造業では低収益企業で雇用減少が小幅にとどまること、
②非製造業では新規上場企業が少なくなっていること、③製造業・非製造業ともに高収益企業における雇用の伸びが小さくなっていること、が背景。労働移動の円滑化や、新規事業の創出、ミスマッチの解消などが必要。
○労働生産性が伸び悩む下で、地方ほど労働需給の引き締りのペースが速い。地方からの労働力の流出が続くなか、生活基盤を支える個人サービス業については、集積の効果を高めるほか、地域の特色を活かした稼ぐ力の強化が必要。
第3章 イノベーション・システムと生産性の向上
第1節 低成長下でのイノベーション活動
○1990年代初以降にみられた長期的な経済停滞の背景には非製造業や中小企業を中心に生産性の伸び悩みがあった。
○非製造業については、ICT資本の利活用の遅れが業務効率化の遅れにつながり、TFP上昇率低迷の一因となっている可能性。
○先進国で共通するサービス産業(相対的に生産性上昇が低い)への経済構造のシフトが経済全体の生産性に与える影響は、この20年間をみれば限定的。
○経済全体の生産性を高めるためには、個別産業の生産性をさらに高めていくことが重要。また、生産性上昇が高い分野への資源配分を促すことも大事。
○サービス産業は生産性を高める余地が大きいとみられるが、ICT投資のさらなる活用や諸外国に比べて低い研究開発活動の促進、経営人材育成も重要。
○わが国のサービス産業は、多くの分野で米国のサービス品質を上回っているとの評価。他方、スーパーやコーヒーショップなどでは品質に対して割高との評価も。
○研究開発や特許の出願といった官民合わせたわが国全体のイノベーションへの取り組みは積極的。他方、イノベーションの効率性には課題も。
○イノベーションを生み出しその果実を経済成長に結び付けていく経済社会全体を視野に入れたイノベーション・システム(制度的枠組)の構築が重要。
第2節 イノベーション活動の促進に向けて
○イノベーション・システム改善に向け、企業や業種、また産学官といった部門を超えた人材交流が鍵となる。
○イノベーションの創出、産業の新陳代謝の促進に向け、大企業だけではなく、競争力を有する中小企業、特にベンチャー企業への成長資金の供給が重要。
○企業部門で資金調達された研究開発費のほとんどは企業自身で利用され、大学での研究開発に利用された割合はわずか。部門間の連携強化が重要。
○海外との連携をみても、特許の出願に占める国際共同出願の割合が低い。オープン・イノベーションの推進に向けた取り組みが重要。
○日本企業のROEは国際的にみても低い水準で推移。ただし、13年以降、こうした収益力指標に改善の動き。他方、欧米と同様、日本企業でも内部留保が蓄積し、現預金の保有も増加。
○企業価値の向上を意識した積極的な経営判断を後押しする仕組みを強化。
○現預金比率と収益の関係をみると、投資を積極的に行う企業ではより高い収益を実現する傾向。好決算を実現する企業には、保有する現預金を新規の設備投資やM&Aなどに積極的に活用し、資金効率の向上とイノベーションにつなげることが期待される。
○イノベーションの創出は、潜在需要の開拓を通じ、経済の需要面にも波及。
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