8月28日、安倍首相が健康の悪化を理由に辞任を表明した。それに伴い、9月14日、自民党の総裁選で菅義偉前官房長官が総裁に選ばれ新首相に就任した。菅新首相は安倍政権の主要政策を継続する一方、わが国に必要な‶改革〟を進める意向と表明している。総裁選直後、同氏が「役所の縦割り、既得権益、あしき前例を打破して、規制改革を進めていく」と述べたのは、同氏の決意の強さを表しているともいえる。
約7年8カ月続いたアベノミクスは、金融政策と財政支出によって景気を下支えした。しかし、安倍政権にとって最も重要な政策課題である、規制改革などは期待されたほどの結果を残すことができなかった。既得権益を突き崩すことができなかったともいえるだろう。わが国では少子・高齢化と人口減少が進む。片や、‶人生100年時代〟を迎える。人々が生涯学び続け、やりがいとやる気をもって能力を最大限に発揮することが経済成長には必要だ。
世界的にはAI(人工知能)やロボットの活用による省人化が進み、仕事が機械に奪われると不安を感じる人は多い。シェアリング・エコノミーやビッグデータの分析は経済構造を変化させている。国民の先行きへの不安を解消し、世界の変化に対応するには社会システムの改革や労働市場の整備が必要になる。安倍政権下では、そうした改革がうまく進まなかった部分もある。
米国ではGAFAMなどを中心にデータ分析などの専門知識を持つ技術者への需要が高まった。中国では欧米の大学院で博士号を取得した人材を‶海亀族〟と呼ぶ。彼らの存在はIT、金融、宇宙開発、自動車など中国企業の成長を支える原動力だ。高度な専門知識を持つ人材が成長期待の高い分野で活躍することは、高付加価値のヒット商品を生み出すという企業のイノベーションにつながる。ヒット商品が生み出されれば、所得は増え、経済は成長する。それは、2000年代に入ってからのドイツが労働市場を改革して流動性を高め、教育や訓練制度を拡充して低成長を脱したことが示している。
菅氏は「おかしいと感じる部分は徹底して見直し改革を進める」と述べ、‶デジタル庁〟の設置に言及した。コロナショックの発生によって、わが国のデジタル化が遅れていることが明白になった。特別定額給付金の申請は、本来ならオンラインで申請、審査、口座への振り込みが完結するはずだった。しかし、実際には、自治体の担当者はオンライン申請された情報をプリントアウトし、手作業で処理し対応は遅れた。それは、多くの人々に不安を与えた。具体的に社会の仕組みを変えるには、デジタル技術などに精通した専門家の登用と教育の強化が不可欠だ。政府は本年の‶骨太の方針〟に経済や行政のデジタル化を推進し、人材への投資を強化すると明記した。サプライチェーンのデジタル化、製造の現場や介護分野でのロボット導入の加速、5Gの先を行く高速通信技術の開発などによって、国民がIT先端技術の恩恵を享受できる環境整備を目指すとしている。それと併せてデジタル庁を新設することになる。そうした改革を実行するには官僚組織の力だけでは難しい。特に、ユーザーである国民が安心して使うことのできるシステム構築には、顧客対応の経験のあるシステムエンジニアなどが欠かせない。菅氏は適材適所の発想で実務家を登用すべきだ。その上で、アカデミズムと実務の両面に精通した人材と連携して、現場で使える知識とスキルを磨くことが必要だ。
ただ、そうした取り組みは口で言うほど容易ではない。また、インフラ整備が一巡したわが国にとってハード面での財政支出の効果は限られる。より長期の視点で、わが国経済を活性化するためには、ソフト面での民間部門の実力の向上と、その実力を十分に発揮できる政策運営が必要不可欠だ。菅氏が経済や行政のデジタル化とそれを支える人材の強化に取り組むことで、わが国全体の改革に向けたマインドを高揚させてほしいものだ。
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