真壁昭夫の経済底流を読み解く 米国株式市場にみる世界的マネーゲーム

1月下旬、米国の株式市場である事件が起きた。多くの個人投資家がSNSの掲示板の呼び掛けに呼応して、ヘッジファンドが空売りした特定の株式を一斉に買い上げた。個人投資家の買いの勢いは強く、ヘッジファンドは損失を覚悟して空売りした株を買い戻さざるを得なくなった。その結果、当該株式の価格が常識では考えられないほど大きく動いた。それは、個人投資家とヘッジファンドの〝対決〟、つまり一種の〝マネーゲーム〟といえるだろう。

米国をはじめ世界の主要先進国は大規模な金融緩和策を実施しており、世界的に金余りになっている。加えて、ワクチンへの期待などで景気の先行きに楽観的な見方が広がっているため、短期的な利得を目指して投機的な取引を行う個人投資家が増えている。SNSで周囲の投資行動を確認し、他者が買う銘柄を買う個人投資家は多い。1月下旬、買いが買いを呼び、ゲームストップ株は高騰した。銀やビットコインの価格上昇にも、ゲーム感覚で取引を行う投資家が影響している。

マネーゲームが広がると、何かのきっかけで売りが他の売りを誘発しやすくなる。状況によっては、金融市場の不安定性が高まり、実体経済に無視できない負の影響が及ぶ恐れがある。1月下旬の米国の株式市場では、特定企業の株価が企業や経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)から大きく乖離(かいり)して動く場面が見られた。ある企業の株価は、1月21日の引け値から月末までの間に7・5倍も上昇した。そのほか、ヘッジファンドなどが業績懸念を理由に空売りしてきた複数の企業の株価が、一日で数十%、あるいはそれ以上に上昇する場面があった。

今回、注目されるのは、米国の個人投資家の多くが、SNSの掲示板で他の投資家の行動に関する情報を収集したことだ。掲示板の投稿などを通して、多くの投資家が特定の株式の購入に向かう世論が形成されたのである。それにより、個人投資家は一気呵成(かせい)にヘッジファンドが空売りした銘柄を買い上げ、それが追随の買いを呼んだのだ。また、一部の仲介業者が手数料無料の金融商品取引アプリを提供したため、誰でも簡単に株式の取引ができるようになったのも大きい。

米国など世界の金融市場でマネーゲームはより鮮明となる可能性があるが、少し長めの目線で考えると、マネーゲームは持続可能ではない。1月下旬から2月初旬、高騰した一部の銘柄株は下落した。それは、株価の高騰が一時的な投資家心理の変化に影響されたものであり、長く続くものではないことを示している。また、株式などの資産価格がいつまでも上昇することもない。金余りと過剰な楽観や成長への期待が支える世界的な株高は、利益確定の動きの増加などによって遅かれ早かれ調整局面を迎えるだろう。米国などで、株式バブルが発生していると考える経済の専門家は多い。

今後、重要になってくるのは、市場の混乱を抑えるべきルールの確立、つまり混乱を回避するための一種の規制だ。足元、ヘッジファンドは相場をゆがめると考える声は多い。しかし、ヘッジファンドのみを取り締まっても、今回のような混乱を抑えることは難しい。重要なポイントは、企業の本当の実力を適正に反映した株価が安定的に形成されるプロセスの構築だ。長い目で見ると株式の価値は企業の持続的な成長力に収れんし、それが投資家の利得と損失に影響する。そうした本来の投資家の判断が正しく市場で形成されることが担保されることだ。

今回、特定の仲介業者はアプリから多数の個人の注文を回送して収益を得た。しかし、財務力やITシステムの安定性、データ取り扱い、投資家保護など、同業者の課題は多い。SNSだけでなく、同業者が今回の一部銘柄の乱高下と米株式市場の変動性上昇に与えた影響も軽視できない。金融サービスの利便性と金融市場の透明性・公平性をどう均衡させるか、政策当局や実務家、経済や法律の専門家を交えた活発な議論の重要性は高まっている。

(2月17日執筆)

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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