コロナ禍の影響が最も大きい業種の一つが観光業だ。政府の観光支援策「Go Toトラベル」の再開も待たれるが、その先を見据えた観光戦略の見直しも必要になってくる。そこで、それぞれの立場からウィズコロナ、アフターコロナ時代に対応する新たな観光の在り方を提案している仕掛け人たちの観光戦略に迫る。
総論 商店街を起点にする ローカルファーストの取り組みが新たな観光の起爆剤に
対談 全国一斉まちゼミ世話人会 代表 岡崎まちゼミの会 代表 松井 洋一郎 × 商い未来研究所 代表 笹井 清範
松井 洋一郎(まつい・よういちろう)/全国一斉まちゼミ世話人会 代表 岡崎まちゼミの会 代表
HPはこちら https://machizemi.org/
笹井 清範(ささい・きよのり)/商い未来研究所 代表
HPはこちら https://akinai-mirai.com/
商工会議所の一職員のアイデアから始まり、今では全国415地域、約2000商店街、約2万7000の事業者が取り組む「得する街のゼミナール(まちゼミ)」。その伝道師である松井洋一郎さんと、元『商業界』編集長として4000社以上の取材を重ねてきた笹井清範さんに、コロナ禍に負けない商店街と、新たな観光の起点として人が集まる商店街のつくり方について話してもらった。
「三方よし」の実践でまちを元気にするまちゼミ
―東海道の宿場町として栄えてきた愛知県岡崎市。しかし、中心市街地への来街者はピーク時の10分の1以下に減少し、商店主たちに諦念が生まれかけていた。そこで、岡崎商工会議所の中心市街地・商店街活性化事業に、顧客目線で考えられるとの期待から一人の女性職員が起用された。
打開策を求めて商店街各店を回っていると、彼女はあることに気付いた。店に入りづらく、入ったら出にくいと思い込んでいたが、いざ店の人と話してみると彼らが実に豊富な商品知識を持ち、それを気さくに教えてくれ、そのひとときを楽しんでいる自分がいた。「店主や店の人が得意なことで講座を開いてはどうだろうか」と女性職員の頭に浮かんだのが、「まちゼミ」の原型だった。
笹井 まちゼミは、商店街の店主が講師となり、その分野のプロならではの専門知識や情報を無料で受講者(顧客)に伝える少人数制講座。全国各地で生活者の暮らしに楽しさを提供し、まちに活力を生み出しています。数ある商店街活性化事業の中で、まちゼミならではの特徴は何でしょうか。
松井 近江商人の経営哲学として知られる「三方よし」、つまり「店よし、客よし、世間よし」の精神の実践にあります。店主は売り買いを抜きにして、自らの知識や技術を駆使して目の前の受講者に喜んでもらおうとすることで、店の価値を高め、それが繁盛へとつながっています。
一方、お客さまはそうした店と出合うことでまちの魅力を知り、家庭と職場以外の「第三の場所」で毎日の暮らしに彩りを添えられるようになります。こうして地域内の経済循環が活性化することで、まちに誇りを持つ人たちが増え、まちの魅力度が高まっていきます。まちゼミは個店の活性化事業であるとともに、地域住民とまちを元気にする事業なのです。
笹井 これまで私は全国各地のまちゼミを取材してきましたが、そこには必ず自分の商いに誇りを持ち、お客さまの幸せを願い、まちのことを考える〝利他の心〟を持つ商人がいました。
もっとも、彼らはもともとそうであったわけではなく、まちゼミの実践を通じて自らの商売を革新させ、まちを大切にするリーダーへと成長していった。まちゼミの魅力は、そうした商人が育つ仕組みにあると私は思います。
松井 まちゼミに取り組む商人たちは、まちに根付き、まちとともに生きる存在です。だからこそまちに対する愛着は人一倍です。そうした一人一人の情熱の総和がまちの魅力を高め、地域経済を活性化させています。自分の商売に誇りを持ち、まちを愛する商人が一人でも増えれば、日本の商店街はもっと魅力的になります。
続ければ続けるほど成果が上がる仕組み
―2003年に誕生したまちゼミは現在、全都道府県415地域に普及した。新型コロナウイルス感染症拡大で多くのイベントが中止に追い込まれる中にあっても、一人の陽性者も出すことなく6割以上が実施。コロナ禍で暮らしの楽しみを奪われた生活者を楽しませ、事業者も新たなビジネスチャンスを見いだしている。
笹井 これまでまちゼミを実践してきた商店街に見られる特徴は何でしょうか。
松井 自分の商売と同じように商店街の未来を考え、行動するリーダーが各地に現れています。そして、そうした商店街には彼らとともに行動する支援者がいます。中でも商工会議所は全国のまちゼミの4割以上を支えてくれる頼もしい仲間ですね。
笹井 私も、各地で頑張る経営指導員の方々を知っています。加えて生活者はもちろん、自治体、大学、図書館、大手企業など商店街に関わるさまざまなステークホルダーがまちゼミを支えていますね。商店街の活性化を自分ごととして考え、それぞれが持てる力を提供し合い、商店街の魅力度を高めています。例えば、福岡県久留米市の「久留米まちゼミ」もその一つといえますね。
松井 久留米ではまちゼミを軸に、「街なか起業家サポート事業」「商店街繁盛店ネットワーク事業」「街なかコンシェルジュ&商店街ツアー」などさまざまな事業を掛け合わせて中心市街地のまちづくりを進めています。こうした事業が一つひとつつながり、点在していたまちの魅力が線になり、面となって広がっています。
笹井 まちゼミを実践する店それぞれが、観光資源としても魅力的な〝まちのコンテンツ〟になっていますね。そこには魅力的な商品や事業も続々と誕生しています。
松井 例えば、鹿児島県鹿屋市の北田・大手町商店街振興組合が製造販売する「黒にんにく」があります。発案者で組合顧問の本村正亘さんは、商店街活性化や組合が直接経営する店舗存続に懸ける思いのとても強い人物です。もともと健康のため自家用につくっていたものを商品化し、組合事務所の一角で炊飯器を使って製造しています。つくり方のノウハウは「鹿屋まちゼミ」で公開しており、昨年までに100人以上が受講しています。黒にんにくによって150万円も売り上げが増え、この3月には商店街の菓子店の協力で黒にんにくを使ったチョコレートを開発しました。
笹井 地方都市の零細小売店にとって年間150万円の売り上げ増は大きな数字です。何よりこうした取り組みが各地で続出している点にまちゼミの真価を見ます。
松井 商店街活性化については多くの人々がそれぞれの立場から発言しますが、実行する人はそもそもごく一部。そんな中、本村さんは実行しました。そしてチャレンジしたから成果が出たのです。本村さんの地道な努力、そして地元リーダーや応援するまちゼミ仲間、店舗スタッフ、支援機関のサポートのチームワークの結晶というべき商品です。
笹井 今はなくなりましたが、以前、まちゼミをよく知らない人から「あんなことで売り上げにつながるのか?」と言われることがありました。確かに一回だけで終わりにしたらそうでしょう。しかし、「まちゼミは漢方薬のように、続ければ続けるほど効果が上がる」と、多くの実践者が証言しています。
松井 大きな投資も必要ないし、本業や自分の好きなことの延長線上で行えるのがまちゼミです。だから、これだけ実施地域が増えても90%以上という高い割合で継続しているんですね。
笹井 そして、地元には同じ商店街でともに商売に励む仲間がいて、商店街を超えてまちゼミに取り組む仲間の絆がある。だから、新たなチャレンジが起こり、それが全国へと広がっていく。日本の地域商業と商店街を再生する「静かな革命」、私はまちゼミをこう表現しています。
まちの魅力がオンラインで全国に広がる
―コロナ禍にあってもまちゼミでは、各地でオンライン講座の取り組みが始まっている。すると、これまでの地域住民の受講者に加えて、地域外からの受講者が増えているという。今、一つひとつのまちゼミ講座を通じて、まちの魅力が全国へと広がっている。
笹井 最近、まちづくりにおいて「ローカルファースト」という文脈上で、各地に実践が芽生えています。これは、地域それぞれで暮らす人々の、暮らしそのものの根底になる本質的な価値を大切にして、地域のまちづくりに反映していこうという取り組みです。まちゼミは、まさにローカルファーストな事業ですね。
松井 まちで暮らす人たちに自分たちの商いを通じて幸せになってもらいたいと努力し、その結果として私たち商人自身も幸せになり、その総和として商店街の価値が高まるというのがまちゼミの理念です。その意味で、共通する思いを感じます。
笹井 ところで、コロナ禍で取り組まれているオンラインまちゼミ講座には、地域外の受講者が増えつつあると聞いています。これは、どのような理由からでしょうか。
松井 まちゼミは現在415地域で行われていますが、それは各地域が415通りの商店街の魅力を発信していることと同じです。これまでの取り組みによってまちの魅力がまちの外へとじわじわと染み出していたところに、コロナ防止対策として始まったオンライン講座によって全国で一気に広がりつつあります。一例ですが、沖縄の生活者が北海道の飲食店のホタテ料理講座に参加することにより、「いつかは北海道・紋別を訪れたい」と強く思うような〝未来の観光客〟を育てています。
笹井 旅の思い出として強く残り、また訪れたいと思う理由は、そのまちの人との温かい触れ合いや、店で親切にされたといったことが大きいですね。まちの魅力は観光スポットばかりではありません。
松井 地域住民が誇りに思い、本当に良いと思っているコンテンツがなければ、観光客は一度限りで、リピートしてくれません。「この店、おいしいよ」「ここ行くと楽しいよ」「ここの店の人、いいよ」と言ってもらえるような、地元の人に愛される一軒一軒の店こそが魅力ある「まちのコンテンツ」ではないでしょうか。まちゼミとは、そうしたコンテンツを育み磨く取り組みでもあります。
笹井 なるほど、まちゼミの講座一つひとつが魅力的な観光資源として育っているのですね。例えばどんな講座がありますか。
松井 私の地元・岡崎の仲間で、味噌(みそ)づくり講座を実施しているギフトショップがあります。岡崎というと八丁味噌が有名です。一般的な観光コンテンツといえば八丁味噌工場見学ですが、講座では地元の味噌づくり名人と交流しながら味噌づくりを実体験できます。こうした地域土着の暮らしの楽しみといった、細分化した魅力を発信できるのがまちゼミです。ほかにも八丁味噌を使った地元飲食店の料理講座も、よそにはない地元ならではのコンテンツです。
笹井 ところで、この秋に全国のまちゼミが連携して取り組まれる事業があるそうですね。
松井 コロナ禍がまちの事業者に甚大な影響をもたらし、生活者から外出の機会と楽しみを奪い、地域に灯(とも)った活性化の光は弱くなっています。そこでまちゼミ商人が連携し、まちゼミというツールを使って、地域に元気を取り戻したいと考えました。今年は9月から11月末にかけて、全国で一斉にまちゼミを開催します。感染防止対策を徹底した少人数制とオンライン講座で、地域の皆さんに喜んでいただき、元気な個店と地域を取り戻します。
笹井 これによって、さらにまちの魅力が高まれば、地域を越えた人の交流も活発になりますね。全国一斉まちゼミがコロナに克(か)ってまちを元気にし、コロナ終息後の観光の起爆剤ともなることを期待しています。私も受講が楽しみです。
まちゼミ実践を通じてまちの観光資源に成長
ペンズ アレイ タケウチ(文具店/愛知・岡崎市)
「お客さまは皆さん通販で注文したり、郊外のショッピングモールへ出掛けたり、コンビニや100円ショップで済ませたり……。客数は減って売り上げは上がらなくて、閉店の瀬戸際でした。でももう一度、自分の好きなものを徹底的にやってみて、それでだめなら諦めるしかないと、全エネルギーを注ぎ込んだのがこれでした」
愛知県岡崎市の文具店「ペンズ アレイ タケウチ」の店長、竹内さちよさんが16年前に取り組み始めたのは、万年筆や高級ボールペンなど筆記具を使って書くことの楽しさを伝えることだった。激しい競合下、品ぞろえの豊富さや価格の安さ、利便性を争うことの不毛さを知り尽くした上での決断である。
目標は5000円以上の筆記具を年に365本以上販売すること。多くの専門書にあたり、東京の有名文具店へ視察に通い、メーカーに教えてもらい、2004年からショーケースに高級万年筆の展示を始めた。
その年は116本にとどまったものの手応えを感じ、「何よりお客さまに手書きの楽しさを伝えられるのがうれしかった」と竹内さんは振り返る。「嫁いできて店に携わるようになってから、『どうして安く売らない!』『なんで割り引かないんだ!』と、毎日お客さまに怒られてばかり。商売って謝るものなんだと思っていましたから(笑)」
軌道に乗ったきっかけの一つが、05年秋から取り組み始めた「まちゼミ」だ。テーマを「初心者の為の万年筆講座」としたのには、一人でも多くの人に万年筆の魅力を知ってほしいという竹内さんの願いが込められている。
講座ではそれぞれ自己紹介してもらい、お互いを知ることから始まる。参加者はテーマに関心を持つ人だけであり、「初心者の為」とうたっているので、回を重ねてもほとんどが新規の参加者。未来の顧客候補が集まる。
だからゼミの翌日には、さっそく購入に訪れる人、しばらくしてから「娘が大学に受かったので選んでほしい」とやってくる人と、確実に売り上げにつながっていく。やがて、「万年筆ならペンズ アレイ タケウチで」というのが、このまちを超えて東海地区の市民の共通認識になっていった。
5000円以上の高級筆記具の購入者を記録する「ペン日記」は当初から書き続けているが、その数は6100人超。うわさを聞きつけ、東京をはじめ県外からやって来る人気店となった同店は、まさにまちの観光資源だ。
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