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若手経営者が描く10年後の東北ビジョン vol.3

東日本大震災からの復興の担い手となる東北各地の若手経営者の取り組みと思い描く10年後のビジョンを12回連載で紹介する

「ユニフォームはもっと重要になります」ユーザーの声を集めた冊子を持つ荒川社長

東日本大震災の被災地の中でも、原発事故や風評被害の影響が大きい福島県は、復興への道のりが長い。福島・郡山市で創業し、現在は東京に本社を置くユニフォームネット社長の荒川広志さんは、震災を機に福島を再認識し、「県外にいるからこそできることがある。福島に恩返ししたい」とさまざまな活動を行っている。同社の現在と未来についてうかがった。

ユニフォーム導入例100社 冊子化でビジネス賞受賞

ユニフォームネットは企業用ユニフォームや関連商品の企画と販売を行う会社で、1975年に福島・郡山市で創業。現在、本社は東京で、福島県内と北関東に合わせて9カ所以上の拠点がある。

2012年から社長を務める荒川広志さんは二代目で、創業者である父が書いた経営理念「社員の英知は企業の繁栄に。企業の繁栄は社会の貢献に」を現代風に解釈し「『人』と『企業』と『社会』をつなぐ」をミッションとした。

上の写真で荒川さんが手にしているのが、同社のミッションをタイトルにした冊子。ユニフォームの導入例を100社分集めたもので、荒川さんが自ら取引先へ行き、写真撮影やインタビューをした。

「ユニフォームは、自分たちを表現し営業活動以外で会社の名前を知ってもらうためのプロモーション活動なんです」

同社はメーカーではなく卸売販売事業のため、モノで自社のブランディングができない。しかも、扱う制服は取引先のロゴやマークが入り、その会社のブランドになる。ユニフォームネットという会社名が登場する場面がどこにもなく、荒川さんはどうやって自社の企業価値を高めるか悩んだ。自社の強みを見つけるため「なぜ当社のユニフォームを導入してくれたのか」を取引先から聞き出した。

15年から始めたこの活動は当初、それほど多くの企業を回る予定はなかったが、130社以上を取材した。冊子化がきっかけで、地域の産業賞やビジネス賞で表彰されるようになった。

居場所なかった後継者 震災でも辞めない社員に感謝

幼い頃から後継ぎとして育てられた荒川さんは、仕事一筋の父を「かっこいい」と思っていた。東京の大学を卒業後、都内のユニフォームメーカーで修業し、02年に自社へ入社。しかし「鶴の一声」で社員を動かす創業者の父と、敏腕営業マンや番頭に囲まれ「居場所がなかった」という。

当時、福島県内だけではなく、北関東へも進出していた同社は、福島ではすでに優良企業だった。さらにマーケットを広げようと、同社は08年、本社を東京の拠点に移転し、多額の投資もした。

しかしその年、リーマンショックによって売り上げが低迷。一時は倒産の危機に陥った。ますます居場所がなくなった荒川さんは「会社を辞めよう」と考えたが、当時の役員らに引き留められた。

その後、10年に突然、社長就任を宣告され、準備期間として経営の勉強に励んでいた11年、東日本大震災と原発事故に見舞われた。それから約2カ月間は「福島」というだけで荷物を運んでもらえず、郡山にある物流センターは稼働できなかった。

当時、荒川さんは東京在住だった。震災から約2週間後、福島以外のエリアは経済が動き始め、同社の荷物は物流センターではなく、東京で受け入れた。「売り上げの約50%は福島関連。それがなくなるかもしれないと……」

難局を乗り越え、震災から1年後の12年3月11日、荒川さんの社長就任式が開かれた。「社員のほとんどは福島出身。震災と原発と風評被害で、いつ辞めてもおかしくなかったのに、誰も辞めなかったんです。一生懸けて報いなければならないと思いました」

東京から福島を発信 「県外にいることがカギ」

荒川さんは社長就任後、それまで属人的だった営業スタイルをチーム制にした。ベテランも新人も分担して営業できるよう、売り上げなどをデータ化して分析。若い人材をどう生かすか、トップセールスマンと一緒に考えた。

昨年は新型コロナウイルスの影響で売り上げは3%減だったが、12年から8年連続で過去最高の売り上げを達成できたのは顧客数が多い故だった。

荒川さんは震災を機に、創業地である福島を再認識。「福島にしっかりした地盤を持っているから東京で勝負ができている。恩返ししないと」と、毎年の復興イベントにも関わっている(「わがまちの10年後展望」の写真)。

ユニフォームが縁で、福島・喜多方の文化にも出合った。喜多方で昔、着物を染めるために使われていた染型紙「会津型」。その型からデザインしたピアスとイヤリングの制作、販売も行っている。

本社は東京にあるが「福島出身の自分が、福島を外から見ることができるのがカギ。地元に還元できることはもっとある」と荒川さん。県内のものに付加価値を付けて県外へ売り、いわば「外貨」を稼ぐことが必要だという。東京から福島を発信し続ける。

会社データ

社名:株式会社ユニフォームネット

所在地:東京都千代田区鍛冶町2-4-5 オオタニビル4F

電話:03-5207-3191

HP:https://www.uniform-net.jp/

代表者:荒川広志 代表取締役社長

従業員:78人

【郡山・東京商工会議所】

※月刊石垣2021年7月号に掲載された記事です。

わがまちの10年後展望

人にとっての「豊かさ」が変化 多様性求める人に福島をPR

コロナの影響もあり、人の豊かさの意味が変わりつつあります。10年後はもっと多様性に富んだ社会で、田舎には田舎の幸せがあると分かるでしょう。私たちは東京という都会にいるからこそ、福島のPRができると考えています(写真は復興イベントで活躍する荒川さん(右端))

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