廻船魚問屋として発展
駿河湾に面し、古くから漁業のまちとして栄えてきた静岡県焼津市は、特にカツオとのつながりが強く、江戸時代半ばにはかつお節も製造されていた。いちまるの歴史はそこで始まった。
「創業した松村家は江戸時代半ばから代々、焼津に住んでいましたが、昔を伝えるものが残っていないので、何をしていたのかは分かりません。自宅が港の前にあったので、おそらく海の仕事を中心にしていたのでしょう。江戸時代から商売を始めていたとは思いますが、創業は明治元年にしてあります。焼津の企業は明治元年創業にしているところが多いんです。おそらくそのころに、かつお節の販路が確立されて、商売が安定してきたのではないかと思います」と、松村家十代目の松村友吉(ともよし)さんは言う。当時の当主は五代目の長五郎で、かつお節づくりをするとともに、廻船魚問屋も営んでいた。
明治初期まで、松村家の屋号は「ヤマボシ」だったが、市内に同じ屋号の店があったことからくじ引きで松村家が屋号を変えることになり、新たに「いちまる」と名乗ることになった。これが現在の社名につながっている。
また、当時は漁船と仲買人や問屋の間で支払いを巡るトラブルも多く、長五郎は取り引きの改善のために規約を設け、明治17年には魚商人の団体を設立。同業者と共同で焼津初の水産株式会社も設立した。その一方でかつお節づくりにも精を出し、品評会で数々の賞を受賞している。このような商人としての信頼性と職人としての情熱は、六代目長兵衛、七代目定吉へと受け継がれ、代を経ていちまるは成長を続けていった。
3兄弟で事業の多角化へ
七代目には息子がなく、大正2(1913)年に親戚から友吉(ともきち)を養子に迎えた。この友吉が、いちまるの事業をさらに発展させた。
「この八代目が私の祖父です。祖父は子供のころから天びん棒を担いで焼津から静岡まで魚を売りに行ったりして、商売感覚は鋭かったそうです。その才を買われて養子に迎えられたのだと思います。90歳過ぎまで長生きして、私が会社に入ったばかりのころは、よく祖父から怒られていました(笑)」と、祖父と同じ漢字の名前で読み方が異なる松村さんは言う。
八代目は終戦後すぐに廻船魚問屋業を再開すると、復員してきた長男の錠一と二人三脚で事業を進めていった。昭和23(1948)年に株式会社松村友吉商店を設立すると、翌年には漁船向けの石油類販売を開始。28年には缶詰製造業を新設し、30年には漁船を購入して漁業を始めた。その後も、ガソリンスタンドやスーパーマーケットの経営にも乗り出した。これらの新規事業は長男の錠一だけでなく、次男と三男と共に進めていった。
「父と弟二人は年が離れていて、父は出征もしていたので軍隊式に厳しかったのですが、リーダーシップがあり、兄弟で互いに協力しあってそれぞれの事業を拡大していきました」(松村さん)
そして、40年に株式会社いちまるに社名を改称し、事業多角化の道を進んでいった。
本業よりも新しい事業を
現在、十代目として社長を務める松村さんは、先代の三男である。
「長男が後を継がなかったので、私が継ぐことになりました。最初はなかなかその気になれず、大学卒業後に入社して1年ほどグループ会社を回ってから、アメリカに1年間留学し、それからリュックをしょって世界を回ったりして、ようやく覚悟を決めて戻ってきました」と松村さんは笑う。
松村さんは会社に戻ると、30代のうちに新しい事業を二つ立ち上げた。一つはリフォームと建設関連の「いちまるホーミング」で、もう一つが真空調理食品を製造販売する「ブラ・ド・シェフ」だ。真空調理食品は、素材を生のまま、またはソースと一緒に真空包装し、低温で加熱したもので、フランスのレストランでは一般的だった。ただ、日本ではまだ前例がなく、認知度が高まるのに時間がかかったが、8年ほどで事業を安定化させることができた。
「私が父から言われたのは、本業にこだわらなくていいから、新しい事業をどんどん始めて、駄目なものはやめていきなさいということ。父も事業のスクラップ・アンド・ビルドをやってきていました。私はバブル崩壊後に以前からの事業をいくつかやめましたが、残った事業は将来性がある。今回のコロナ禍で事業がだいぶ傷つきましたが、そろそろまた攻める時期に入ります。ただし、今後は多角化ではなく、今ある事業の幹を太くしていきたいと思っています」
創業から153年、いちまるは家業の時代から多角化の時代を経て、これからまた新たな時代を迎えようとしている。
プロフィール
社名:株式会社いちまる
所在地:静岡県焼津市中港2-5-13
電話:054-628-2141
HP:http://www.ichimaru-grp.co.jp/
代表者:松村友吉 代表取締役
創業:明治元(1868)年
従業員:117人(パートと船員含む)
【焼津商工会議所】
※月刊石垣2021年11月号に掲載された記事です。
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