製品開発や新規事業の開拓などは、新たな投資に注げる人材や資金力に乏しい中小企業がチャレンジするにはハードルが高い部分も多い。そこで、現状を打破するために1社で取り組むのではなく、地域にある企業や大学、公的機関などとの産学官連携が注目されている。
堀切川 一男(ほっきりがわ・かずお)
東北大学大学院工学研究科教授
新製品や新事業を創出する際、自社以外の組織や機関が持つ知識や技術を取り込むことは突破口となる。これまで有用性が叫ばれながら、中小企業にとってハードルの高かった産学官連携だが、近年、成功事例が増えている。その秘訣(ひけつ)はどこにあるのか。新しい地域産学官連携で地域企業による228件の製品化・事業化に導いた堀切川一男さんに話を伺った。
「御用聞き企業訪問」で228件の製品化・事業化
私は長年、中小企業のものづくりを支援する活動を行ってきました。私の専門分野はトライボロジーという、摩擦や摩耗など二つの表面の間で起こる全ての現象を対象とする科学技術です。その研究を世の中の役に立つ製品づくりにつなげたいと考えてきました。そのチャンスが訪れたのが、1990年に山形大学工学部に着任したときです。独立研究室を立ち上げて製品の実用化研究に乗り出した結果、在籍していた10年余りで、12件の製品化を果たしました。それも工業製品だけでなく、ボブスレー競技に使用される超低摩擦ランナー(そりの刃)、雪道で滑りにくい靴、患者移動用シートといったスポーツや生活、医療・福祉用品など、ジャンルは多岐にわたります。当時はまだ産学官連携という言葉が世間に定着していませんでしたが、どれも地域にある小さな会社と共同でつくったものです。2001年に東北大学大学院工学研究科に移った後も産学官連携に取り組み、現在までに合計228件の製品化・事業化にこぎつけました。
なぜ、これほど多くの製品を短期間でつくることができたのか。その秘訣として「御用聞き企業訪問」が挙げられます。
全国の多くの大学では、社会や地域貢献の観点から、「気軽に相談に来てほしい」と地域企業に呼び掛けています。しかし、実際に足を運ぶ企業は多くありません。そこで考えたのは、こちらから企業を訪問することでした。しかも私は大学教員としてではなく、地元自治体の非常勤職員という立場で、月数回のペースで地域の中小企業に「何か技術的に困っていることはありませんか?」と聞いて回ったのです。
元気な中小企業というのは、「あと一歩で成功するのに」という失敗例をたくさん持っています。その話を聞いて課題解決のヒントが浮かべば、その場で社長に提案して再チャレンジを促したり、「こういう製品をつくりませんか?」と提案したりしました。ゼロからつくるわけではないので、時間やコストをかけずに新製品開発ができるわけです。
しかも、メリットは製品開発だけにとどまりません。地域にある各企業の潜在的な強みやニーズを掘り起こすことができるので、地域に産業を創出する可能性を秘めています。このように地域に根差した独自の産学官連携は、亜細亜大学の林聖子教授により「堀切川モデル」と命名され、コロナ禍でも着実に実績を上げています。
自社開発製品が新たな可能性を呼び込む
日本における従来の産学官連携は、大学の研究を企業に技術移転し、企業が自力で製品化・実用化するという認識が色濃く、なかなかうまくいかないのが実情でした。しかし、「堀切川モデル」を実践することで、中小企業でも続々と成功を遂げています。
例えば、中小地域企業が製品化を果たした事例として、高圧絶縁電線自動点検装置、靴・床すべり摩擦測定器、耐滑性に優れたサンダル、滑りにくい樹脂製畳、リサイクル樹脂を用いた輪止め、ロードレース用耐滑自転車タイヤなどがあります。これらはあと一歩のところで完成に至らなかったものを、一緒に課題解決しながらつくったものです。
ほかにも、富山県に工場のある仙台市の会社とつくった滑りにくい厨房(ちゅうぼう)靴、宮城県の企業・団体と製作した先端技術工芸品の盃、福島県の会社とつくったねじロボット、山形県の会社とつくった爪やすりなど、ジャンルを問わず幅広い製品が誕生し、その多くがふるさと納税の返礼品に選ばれています。事業から誕生した製品が、ふるさと納税に還元されるという好循環が生まれたのです。
一般社団法人福島県発明協会も支援チームに加わり、福島県で取り組んでいる「ふくいろキラリプロジェクト」。同プロジェクトからも、多数のオリジナル製品が開発されています。このプロジェクトがほかと少し異なるのは、県が楽天とコラボレーションしたことにより、開発製品を「ふくいろキラリ楽天ストア」で販売できること。その一例として、段ボールの製造販売会社が環境に配慮してつくったダンボール製の「なんだ?ベッド」は、1年間で300セットも売れました。大量生産できず、安価ともいえない製品でも、価値を認められたら買ってもらえることを実証しました。
また、ガラスの超精密加工を行ってきた企業は、「スイッチミラー」というスマートフォンのガラス製保護シートを開発しました。これをスマホに貼っておくと、画面を保護するだけでなく、電源をオフにすると鏡面に変わるという、女性にはうれしいアイデア商品です。グッドデザイン賞を受賞したほか、展示会出品がきっかけで自動車部品メーカーの目に留まり、新たに自動車産業分野への進出に結び付きました。
このように下請け型中小企業が自社製品を持つと、技術力や開発力をアピールし、評価される機会が得られます。その相手が大手企業や他業種の企業であれば、新たな可能性が広がります。
元気のある中小企業同士の「横請け」を増やそう
これから日本の基幹産業は、一層スリム化が進むことが予想されます。下請けの仕事も減っており、従来と同じことをしていても先細るばかりです。では、今後どうすればいいのか。元気のある中小企業は開発型に転換し、新製品や新分野の開拓を目指すべきだと考えます。ただ、それには設備投資が必要になり、中小企業が自社だけで行うには無理があります。そこでおすすめしたいのが「横請け」です。つくりたいものがある場合、その設備を持っている企業を探した方がはるかに早く、しかも高品質のものがつくれます。つまり、元気のある中小企業同士が仕事の受発注をするのです。
一つ実例を紹介しましょう。宮城県内でプラスチックの精密成形を行っている会社に、大手企業から短納期を条件とする大量発注がありました。ところが、いつも頼んでいる金型加工会社から多忙を理由に断られてしまい、困って私に相談してきたのです。そこでロボット関連産業の創出に力を入れている、福島県南相馬市の産業支援機関に問い合わせてみました。すると、「そういう会社なら私の知っている100社以上の地域企業の中に1社ある」と言われ、紹介された会社に仕事を発注しました。すると短期間で予想を超えるハイレベルな金型が出来上がり、無事に大手の仕事を受注することができたのです。この縁をつながない手はないと両社はそれを機に横請けを継続し、Win-Winの関係を構築しています。
横連携したい企業がどこにあるか分からないとき、頼りになるのが産業支援機関や商工会議所です。こうした機関は全国にネットワークがあるので、離れた地域にある会社でも紹介してもらうことができます。
ここで一つ注意したいのは、横請けは脱下請けではないということ。下請けを続けながら、横請けを増やしていくのが正解です。そうするとつぶれにくい会社になっていくし、別の業界の仕事も入りやすくなり、事業拡大のきっかけにもなります。
今できる産学官連携で新しい未来を描こう
さて、中小企業が産学官連携を成功させるポイントをいくつか挙げておきましょう。
まずは、社会ニーズに応えるものづくりを目指すことです。ニーズを掘り起こそうとする際、企業、大学、自治体それぞれの願望を合わせても、社会が求めるニーズに適合するかは分かりません。社会ニーズに応える、それも局所的なニーズに応える製品であるほど、ライバルも少なく成功する可能性が高まります。
製品開発に当たっては、ここまでできたら良しとする「ミニマム目標」を設定し、そこに到達したら製品化しましょう。最初は低レベルでも、ニーズに合わせて改良していけばいいのです。そういう伸びしろが大きい製品ほど将来性を感じます。
また、ものづくりだけを考えれば、ハイテクよりローテクです。いきなりやったことのないものに挑戦するよりも、すでに実績のある自社の基盤技術を使ってできることを考える方が、短期間で開発できて成功率も上がります。
何から始めたらいいか分からないときは、「今、何ができるのか」を考えてみましょう。小さなことでも、新たな開発に取り組む充実感、製品化・実用化されたときの達成感、ユーザーの感謝の声や笑顔を見たときの満足感というのは、想像以上のものがあります。これを一度味わうと、次々と開発を生み出す「正のスパイラル」が生まれます。それが地域のあちこちで起これば、地域産業を元気にし、やがて地方創生や雇用創出にもつながります。
コロナ禍にある今、時間ができたらやろうと先送りしてきたことに取り組む絶好のチャンスです。それを産学官連携によって推進し、新たな未来図を描いてみてください。
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