本誌では昨年5月号より連載企画として10回にわたり、被災地の復興および地域振興へ向けた東北各地の若手経営者の取り組みを追ってきた。2011年3月11日に起きた東日本大震災から11年。今月号では、逆境を乗り越えようと奮闘している宮城・福島両県の若手経営者が描く〝東北ビジョン〟として新たに4社を取り上げる。
着物をリメークした「サムライアロハ」で地域の雇用と海外販路を開拓
着物のリメーク事業で、2018年に設立されたサムライアロハ。一般的に国内に約2億着も活用されずに眠っているとされる着物の再活用と、東日本大震災で仕事を失ったお母さんたちの雇用創出を目的につくった同社が徐々に注目を浴びて、売り上げを伸ばしている。特に海外からの反響が大きく、今後は日本的な図柄は海外展開に重点を置き、さらなる事業と雇用の拡大を目指す。
仕事を失ったお母さんの雇用創出目指し起業を決意
アロハシャツの起源は、意外にも日本の着物だそうだ。昔ハワイに渡った日本人が、持ち込んだ着物をほぐし、気候に合わせて半袖シャツに仕立て直したものがそのまま定着したという。
同社社長の櫻井鉄矢さんは現在40歳。大学卒業後、古物商や質屋を手掛ける大黒屋に入社し、いくつかの支店長を務めた後、フランチャイズ事業部の課長として東京で働いていた。
「実を言うと、東北の生活が嫌で東京に出て、そのまま根を下ろすつもりでした」
ところが、東日本大震災が起こり、状況が一変する。両親が農業を営んでいた土地が、津波に流されてしまったのだ。
「実家に帰ると、両親ががれきの前で泣いていました。東京でのほほんと暮らしていることが申し訳なく思えて。実家を手伝いながら、こちらで自分にできることをしたいと、仙台でのフランチャイズ設立を申し出て会社を辞めました」
そうして12年に、前職で培ったスキルを元に仙台買取館を立ち上げた。さまざまな古物を扱う中で、目の当たりにしたのは、着物が大量に廃棄されている現実だった。日本には活用されていない着物が約2億着もあるとされる。どうにかならないかと考えていたとき、「アロハシャツの起源は日本の着物」という新聞コラムがたまたま目に入った。
「着物をアロハシャツにリメークしようと思い立ったのには、元が高級品だけに捨てるのはもったいないという理由と、震災で失われてしまった雇用を創出したいという思いがありました。震災で地元の保育園が流され、子どもの預け先がなくなって困っているお母さんたちがいたので、アロハシャツづくりを内職として手伝ってもらえたらと考えたんです」
海外からの反響が大きくパリのコレクションにも出演
着物からアロハシャツをつくる工程は、まず裏地などをほどいて1枚の反物に戻し、洗濯機で洗う。色落ちしないかをチェックした後、アイロンをかけて反物を裁断し、縫製するという流れだ。
「お母さんたちには、着物をほどいてから裁断するまでの工程を時給1500円でやってもらうことにしました。ただ、日本では着物にはさみを入れることがタブー視されていて、その先の縫製を請け負ってくれる工場が県内では見つからず、福島県南相馬市にある工場に委託しました」
1着の着物から1枚しかつくれないため、どのシャツも一点物である。それに侍の不屈の精神と復興に立ち向かう東北の姿を重ねて「サムライアロハ」と名付け、地元での販売を開始した。ところが、最初は全く売れなかった。そのころ、子どものころに両親がお世話になっていた企業経営者と、ある会合で一緒になり、事業の苦境を率直に打ち明けたところ、意外な助言を受けた。
「『お前は自分の商品が好きか?』と聞かれたので、大好きですと答えたら、『だからダメなんだ。嫌いになれ』と言われました。好きな商品だから売れるはずだと錯覚していることを、ズバッと指摘されたんです」
それを機に東京のデザイナーに依頼して、パターン(シルエット)を根本から見直した。また、柄の配置などをお母さんたちの裁量に任せたところ、仕上がりが格段にレベルアップした。さらに、櫻井さんの取り組みに賛同して、その企業経営者が出資を申し出てくれたことで事業継続のめどが立ち、18年、仙台買取館から分社する形でサムライアロハを設立した。
斬新なアロハシャツは徐々に注目を集め、百貨店を中心に販路を獲得していく。仙台出身の人気芸人サンドウィッチマンが気に入って自身のラジオ番組で紹介してくれたり、NHK「美の壺」にも取り上げられ、その国際放送が放映されたりすると、国内外で反響を呼ぶ。それをきっかけに、4大コレクションの一つ、パリ・ファッション・ウイークにも呼ばれて出演を果たし、海外での知名度も上がり、注文が急増した。店舗販売と自社販売サイトの売り上げ比率は半々だが、販売サイトの注文の7~8割は海外からで、欧米をはじめ、ロシア、中国など幅広い地域で人気を博している。
「売り上げが伸びているといっても、年商ベースではまだまだです。ただ、コロナ禍にもかかわらず注文が伸びているので常に人手不足の状態にあり、雇用の創出という目標はかないつつあります」
現在、アロハシャツのほか、ネクタイやパーカーといったアイテムも販売している。近々新商品として、帯と着物地を使ったリバーシブルのテーブルランナーやTシャツを発売する予定だという。
「東北のものをいかに海外に売るか」への挑戦
東北復興という目的の下、同社が立ち上げたのは着物のリメーク事業だけではない。例えば、「レトルト介護食事業」などもそうだ。栄養価の低い、いわゆる“まずい米”を、病気やダイエットなどで糖質制限が必要な人向けに商品化。こうした逆転の発想が評価されて、サムライアロハとともに、日本商工会議所青年部主催のビジネスプランコンテストで準グランプリを受賞している。しかし、事業として展開する段階で残念ながら頓挫してしまったのだという。
櫻井さんはこれらの経験を通じて、つくづく日本は「職人の国」で、「商人の国」ではないと感じたという。高いスキルを持つ職人が各分野にいて、高品質なものがたくさんあるが、それを売るのはうまくない。特に東北地方はその傾向が強く、腕はいいのに下請けに甘んじているケースが多い。しかし、そこに新たなビジネスチャンスがあると考えている。
「品質に自信があるなら、どんどん発信して、こちらから売りに行けばいい。特に海外は可能性があります。現に、サムライアロハの購入者の半分以上が外国人です。アロハシャツは1枚約3万円で、日本人からすれば高く感じるかもしれませんが、海外の人は『安い!』と言って買っていきます。もはや、海外をターゲットにするしか生き残れないと思っています」
櫻井さんに言わせれば、海外に売る方がよほど簡単だという。無料のネットショップ作成サービスを活用して自社販売サイトを開設し、海外からの注文や問い合わせメールはグーグルで翻訳、広告はインスタグラムにハッシュタグを付けて投稿する。それだけで事足りるのだ。
そんな同社が新規事業として現在力を入れているのは『アート』だ。実はパリ・ファッション・ウイークに出るためパリに滞在中、まちのいたるところにアトリエがあり、気軽に絵画作品が買えることが印象的だったそうだ。
「日本の画家は生きているうちは評価されにくく、作品もなかなか売れません。才能のある名もない芸術家の作品が、もっと手軽に売り買いできる仕組みがあったらいいと思うんです」
現に、同社には美術品の管理やオンライン販売の実績があり、保管する倉庫もある。それを生かして東北唯一の芸術系大学である東北芸術工科大学(山形市)とコラボレーションし、同学生の作品をオンラインで販売するサイトを共同で立ち上げた。価格は高くても5万円程度で、日本のみならず海外からも注文が舞い込んだという。
「商材が何であれ、気に入ってもらえれば売れます。特に海外の購買意欲は高い。東北のものをいかに海外に売って稼ぐかが、今後の私のテーマです」
櫻井さんは明快な言葉で締めくくった。
会社データ
社名:株式会社サムライアロハ
所在地:宮城県仙台市太白区中田5-13-65
電話:080-9629-8695
HP:https://www.samurai-aloha.com/
代表者:櫻井鉄矢 代表取締役社長
従業員:3人(アルバイト含む)
【仙台商工会議所】
※月刊石垣2022年3月号に掲載された記事です。
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