本誌では昨年5月号より連載企画として10回にわたり、被災地の復興および地域振興へ向けた東北各地の若手経営者の取り組みを追ってきた。2011年3月11日に起きた東日本大震災から11年。今月号では、逆境を乗り越えようと奮闘している宮城・福島両県の若手経営者が描く〝東北ビジョン〟として新たに4社を取り上げる。
困ったときに頼りになる地域の総合エネルギー企業を目指す
1954年にLPガス事業で創業以来、ガソリンスタンド、酒スーパー、電気、油槽所など、地域の生活インフラ事業を多角的に展開している須賀川瓦斯。東日本大震災の被災後、いち早く太陽光電力事業に乗り出し、新たなエネルギーの供給を通じて、雇用を守り、地域にお金が回る仕組みづくりに邁進(まいしん)している。
震災後いち早く太陽光発電事業に乗り出す
「虫の知らせなのか、東日本大震災が起こったその日、私は日本に一時帰国していたんです」
須賀川瓦斯社長の橋本直子さんがそう語るのは、当時ロンドンに暮らしていたからだ。大学卒業後英国に留学して、そのまま現地で就職した。たまたま休暇で日本に帰国し、出国のため成田空港にいたとき、大きな揺れに襲われた。福島に舞い戻ると、同社の建物は1階部分がつぶれ、地面はひび割れ、油槽所のタンクは液状化で浮いて、使い物にならなくなっていた。
「私は3人姉妹の末っ子で、家業に入る予定もなく、ロンドンに定住するつもりだったんです。しかし、会社も家もぐちゃぐちゃになったのを見て、福島に戻って父の仕事を手伝おうと決めました」
震災後、先代の事業再建に向けた行動は早かった。地上設置型の太陽光発電事業に乗り出し、11年冬に油槽所を撤去した跡地に10kWの太陽光発電所を施工した。その後も設置を進め、12年7月に固定価格買取制度(FIT)が施行される前に太陽光発電所は6カ所になっていた。FITの買い取り条件が良かったことと、自前工事で想定より施工費用が安く済んだことで、同社は太陽光発電事業を大々的に展開することとなった。
「正直、入社後は無我夢中だったので、あのころの記憶がほとんどありません。ただ、父の経営方針を踏襲しながら、一つひとつ仕事を覚えていきました」
時代に合わせて地域にお金が回る仕組みをつくる
同社は太陽光発電所を拡大しながら、16年の電力自由化に先立って、小売り事業参入への準備を進めた。事業の仕組みづくりを主に担当したのが橋本直子さんだ。需給管理システムなどの参入に際してコストがかさみ、大きな赤字が出ることが予想されたが、同社に止める選択肢はなかった。公的な支援に頼らず赤字を覚悟してまで同事業を推進したのは、電気は永久事業との考えがあったためだ。LPガスの需要は減少していく。電気自動車の普及などで、ガソリン販売量も減っていくことが予想される。しかし、電気の需要はなくならない。地域の人の生活を支え、社員の雇用を守るためにも、ガス、電気、油を提供できる総合エネルギー企業を目指した。
「太陽光発電所一つひとつの規模は小さく、大手電力会社と比べれば発電量も微々たるものです。でも、当社はあくまでもサービス業です。原発事故の後に、ガスやガソリンの供給が滞って大変だった際、地域の人たちが当社を頼ってくれました。地域にエネルギーを最後まで供給するのが当社の役割だと思うんです」
現在、太陽光発電施設は福島県中通りと県南を中心に111カ所まで増え、契約数は1万3000件に上る。FITによって定められた太陽光発電の売電価格は、施行当初の約40円/kWhから約12円/kWhまで低下していて、投資としては採算が取れなくなりつつある。しかし、地域に本社のある企業が新電力を運営し、地域にお金が回る仕組みをつくることが復興になると橋本さんは位置付ける。
地域の暮らしを守る総合エネルギー企業へ
18年に社長を引き継ぎ、先代の築いた事業基盤をより強固にしようと考えていた矢先、同社に経営を揺るがす危機が立て続けに起こった。19年秋に上陸した大型台風により、社屋をはじめ施設の多くが浸水。その立て直しに取り組むさなか、コロナ禍が襲う。さらにその冬には、寒波や燃料制約といった要因も重なり、電力の市場高騰で大きな損失を出し、その後サイバー攻撃を受けた。
「畳み掛けるようにいろいろなことが起こり、踏んだり蹴ったりでした。私にはまだこれらに対応する経験値やノウハウがなかったので、とにかく起こったことに対処するしかありませんでした。しかし、それを契機としてITシステムを導入して在庫管理を適正化したり、伝票の仕組みを変えペーパーレスを進めたりするなど、従来のやり方を見直すことができたのはけがの功名かもしれません」
昨年、水害で使えなくなった施設のリニューアルオープンを果たしたのを足掛かりに、今後少しずつ新たな取り組みをプラスオンしていきたいという。具体的に、ガソリンスタンドにおけるEV充電設備の拡充やコインランドリーの併設、電気事業では家庭用蓄電池システムや工場内の太陽光発電の設置の提案などを念頭に置いている。
「脱炭素やデジタル化の推進で、今後ますます電力需要は増えていくでしょう。でも、今でさえ電力は足りていません。福島は原発事故によってさまざまな被害を受けているだけに、太陽光を含め再生可能エネルギーの可能性を追求しながら、地域に必要なエネルギーを安定供給できる会社であり続けたい」
橋本さんは、先代の遺した「地域の人たちの生活なくして、会社は存在しない」という言葉を胸に、地域を豊かにする総合エネルギー企業としての役割を果たしていくと力強く語った。
会社データ
社名:須賀川瓦斯株式会社(すかがわがす)
所在地:福島県須賀川市卸町44
電話:0248-75-2188
HP:https://www.sukagawagas.co.jp/sp/
代表者:橋本直子 代表取締役社長
従業員:230人
【須賀川商工会議所】
※月刊石垣2022年3月号に掲載された記事です。
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