群馬県沼田市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、群馬県北部に位置し、四方を山々に囲まれ市域の8割が森林である利根地域の中心地、人口4万5千人の「沼田市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
「魅力」の素材は豊富
沼田市は、古くから北関東の要衝で、戦後は森林資源を背景に木材関係の工場が集積して発展した。このため、同市で規模が大きな産業は、木材・木製品製造業を含む「その他の製造業」のほか、生活の基盤のため整備されてきた「保健衛生・社会事業」(医療・介護)や「小売業」などのサービス業である。
また、日本有数の河岸段丘(河岸に見られる階段状の地形)という地質的な珍しさ、「真田の里」という歴史・文化、高台から見渡す「天空の城下町」、恵まれた自然を背景とする第1次産業など、沼田市を彩る地域資源は豊富にある。
国が提供するビッグデータ「RESAS(リーサス)」を見ると、群馬県で検索されている観光地・施設として、東洋のナイアガラと称される「吹割の滝」が上位に位置し、また、昼間の滞在人口が、コロナに関係なく、平日・休日とも国勢調査人口を上回っていることが分かる。
地域経済循環(2018年)の「支出」段階においても、民間消費が流入しており、域外から人を呼び込み、消費需要を獲得する魅力に溢れた首都圏有数の観光地であることを示している。一方、同じ「支出」段階のその他支出では▲450億円もの大幅な域際赤字(貿易赤字など)を計上している。これは、観光地であることに加え、財政移転によって高い消費需要が地域にもたらされているものの、供給力が追い付いておらず、域外から商品・サービスを移輸入し地域内で販売などしている構造だ。
地域で「稼ぐ」意識を
沼田市の住民1人当たり所得は447万円と群馬県平均446万円並みの好水準だが、その内訳は、地域の生産活動に伴う雇用者所得は210万円と県平均247万円の8割以下にとどまり、その他所得が237万円と県平均200万円を大きく上回る。地方交付税交付金などの財政移転が、市民の所得水準を底上げしている状況だ。
このままで良いという判断もあろうが、持続可能な地域経済循環を構築するためには、豊富な地域資源を、誘客力のみならず、稼ぐ力の向上に生かしていくことが重要であろう。なにより、現状では、供給力を上回る大きな消費需要(市場)が地域にあるのだ。
地域資源を活用した商品・サービスの開発によって域際赤字を改善しつつ、その過程で地域資源を磨き上げ、さらに誘客力を高めるという好循環を生み出していくためには、多様な視点からの取り組みが求められるが、沼田市の場合は既に多くの来訪者がある。後は、彼ら彼女らを、地域資源をマネタイズするための人材・ナレッジとして活用する仕組みが必要だ。
塩尻市の「MEGURUプロジェクト」のようにオンラインサロンで関係人口を地域創生人材に育てていく仕組みや鳥取県の「週一副社長」のように来訪者を副業兼業人材として捉える取り組みが参考となるが、いずれも、地域がありたい姿を踏まえた課題を提示し、必要なナレッジを明確に提示している点が特徴だ。また、地域資源のマネタイズは、挑戦の連続であり、地域としても、それを許容する覚悟も求められる。
沼田市における地域経済循環再構築のための課題は明確であり、それゆえ、域内の資源と域外のナレッジをつなぎ、マネタイズにまでつなげていく息の長い伴走支援が重要だ。行政だけで担うことは難しく、域内のさまざまな主体が連携し、まさに地域を挙げて取り組むことが肝要であろう。
域内の豊富な資源と域外の人材・ナレッジをつなげて、「魅力」と「稼ぐ力」が相乗効果で拡大する好循環を生み出すこと、そのための挑戦に寛容になること、これが沼田市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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