創業150年超の歴史ある森奈良漬店は、奈良県を代表する寺院、東大寺の南大門前に店を構える。現在、暖簾(のれん)を守っているのは五代目の森麻理子さん。麻理子さんは奈良漬の伝統手法を守りつつ、今の生活や食文化にあった商品展開、情報発信に取り組んでいる。彼女が見据える先は「ナラヅケ」の世界認知だ。
6年前に事業承継をし先代と共に店を支える
奈良の日常風景といえば、多くの観光客や修学旅行生と鹿が知られている。森奈良漬店も例外ではなく、地元客、観光客、そして鹿で店先が常ににぎわっている。
「鹿には縄張りがあって、いつも来る鹿は決まっています。名前が付いている鹿もいて、親鹿が子鹿を見せに来ることもあるんですよ」
にこやかに迎えてくれたのは五代目代表取締役社長の森麻理子さん。四代目である父の茂さんも店先に立ち「店にいる時間は私の方が長いですよ」と笑う。
創業は1869年で、初代の森タツさんが東大寺境内に店を構えたのが始まりという。代々創業家で継承し、1942年に境内整備のため南大門前に移って現在に至る。
「東大寺の方と懇意にしていたことで境内に店を出せたそうです。でも、そもそも女性が起業するのはかなり難しい時代。よく創業できたなと感心するばかりです」と麻理子さん。
小学生のころから麻理子さんも漠然と家業を継ぐことを意識していた。だが、「奈良漬屋の子」と言われることが恥ずかしくて、家業に対して決していいイメージを持っていなかったという。意識が変わったのは高校生のころで、夏休みなどの長期の休みにお小遣い稼ぎに店を手伝った。丁寧な接客、職人気質な製造を目の当たりにして家業に興味を持つようになり、高校卒業と同時に社員になった。
そして2016年12月、初代の百回忌という節目に、親族を交えた約30人が集う席で、五代目就任が四代目から告げられる。
「とはいえ今も父は製造、販売にも関わる現役です。奈良漬博士と言えるほど奈良漬に精通していて、奈良漬は計5回酒粕に漬け換えるのですが、最後の本漬けはまだ教えてもらえません」と苦笑する。
奈良漬は商品となるまで約1年半かかり、10年たっても10回もつくれない。だから40年経験を積んでもまだまだ未熟。それが先代の考えだ。そんな職人気質の先代と二人体制で暖簾を守れる今だからこそ、麻理子さんは〝できること〟を模索した。
奈良漬に〝カワイイ〟を加えてリブランディング
麻理子さんが注力したのが奈良漬を学術的に捉え、健康と美容と掛け合わせて広くPRすること。事業承継とほぼ同時期に、過度なダイエットで体調を崩したことから、野菜ソムリエや肥満予防健康管理士、ダイエットアドバイザーやアスリートフードマイスターの資格を次々と取得する。同時に発酵食品である奈良漬の本質にも深く触れていった。
そもそも奈良漬は奈良の清酒文化とともに発展したもので、清酒発祥の地の一つといわれる奈良で生まれた粕漬けが奈良漬と呼ばれ、定着した。一般的な粕漬けとは漬け込む回数やアルコール度数が異なり、今や奈良の食文化を代表する発酵食品である。近年、腸内環境を整える〝菌活〟として発酵食品が見直されている。同店はみりん粕や砂糖、甘味料などを一切使わない手間暇かけた伝統製法を強みに、売り方にも工夫を凝らした。
「社長に就任した16年はインバウンドが増えてきたころですが、奈良漬はなじみがなく、見た目も地味。売り上げは変わらず、県外の方からも箱入り商品は『重い』と敬遠されていました。ただ、小型商品の売れ行きは良かったので、さらに小さく、カワイイ路線に注力していきました」
課題解決の手法を学び海外まで視野を広げる
初代の経営マインド「声なくして人を呼ぶ」を代々引き継ぎ、まだまだ現役の四代目と経営の考え方を同じくしているため、社長として采配を振りやすいという麻理子さん。19年に自社のホームページを半年かけて一新し、オンラインで商品を買いやすいように環境を整えた。その直後、新型コロナが猛威を振るった。店先から観光客が消えて20年度は店頭売り上げが45%減になる。だが、ECサイトは前年比の150%の伸びで、その後のコロナ禍をしのいでいく。
さらにホームページやSNSのユーザーの反応を3カ月ごとに分析した。SNSのフォロワーを増やし、テレビや雑誌など各メディアにも積極的に関わっては認知拡大を図った。また、奈良商工会議所の勧めで19年に奈良市起業家支援事業の一つである、「奈良スタープロジェクト」に応募。これはベンチャーエコシステムを構築する経営者育成プロジェクトで、メンターである先輩起業家とともに経営の現状課題を多角的に見直し、改善案をまとめ、経営者として素養と手法を磨いた。そして見えてきたのが海外展開の可能性だ。単に海外で商品を並べるだけでは商機はないと、22年6月にはパリで試食会を試みた。
「現地の食文化に即した食べ方を提案すると『チーズみたい』と好評でした。ゆくゆくはフランス産奈良漬ができないかと構想中です。漬物文化のある南米にも広めたいですし、『ナラヅケ』が世界共通語になるまで"漬物革命"を進めていきたい」と快活に語った。
会社データ
社名 : 株式会社森奈良漬店(もりならづけてん)
所在地 : 奈良県奈良市春日野町23
電話 : 0742-26-2063
HP : https://www.naraduke.co.jp/
代表者 : 森 麻理子 代表取締役社長
従業員 : 11人
【奈良商工会議所】
※月刊石垣2022年12月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!