日本商工会議所創立100周年記念講演会第5弾は、ソニーグループ・シニアアドバイザー(元社長兼CEO)の平井一夫氏。思い切った業態変革で「ソニー再生」を成し遂げた平井氏が語る「超競争」時代のリーダー論とは―。3月27~31日に配信されたオンライン記念講演の要旨を紹介する。
平井 一夫(ひらい・かずお)
ソニーグループ株式会社 シニアアドバイザー 一般社団法人プロジェクト希望 代表理事
全企業が変革を求められる「超競争」の時代
本日は「『ソニー再生』モチベーショナル・リーダーシップ」というテーマでお話しします。ソニーは、大きく分けてエレクトロニクス、エンターテインメント、金融の三つの分野でビジネスを展開し、世界中で約11万人の仲間が仕事をしています。
私は、現在のビジネス環境を「超競争」と捉えています。超競争の環境下では、どのようなビジネスであっても、あらゆる分野で変革が求められます。
技術革新によりビジネスが変わった例としてCBS・ソニーレコードを挙げましょう。私が入社した当時、レコードやカセットテープで音楽ビジネスをしていたわけですが、1982年、ソニーとオランダのフィリップスが共同開発したコンパクトディスク(CD)が「夢のディスク」として登場して、音楽記録媒体はアナログのレコードからデジタルのCDに変わりました。それから20年ほどたってアップルがダウンロードビジネスを始め、店に行ってCDを買う必要がなくなりました。そして10年もたたないうちに、Spotify(スポティファイ)に代表される音楽聴き放題サービスが台頭してきました。音楽ビジネスは40年ほどの間に、レコードからSpotifyまで大変革してしまいました。
皆さんが関わっているビジネスでも日々「超競争」が行われ、社員もプレッシャーを感じながら仕事をしているはずです。しかし、そうした状況下で成果を上げるためには、次のような環境が提供されなければなりません。
● 誇りと自信を常に感じながら高いモチベーションを持ち、
● 同じゴールや目的に向かって協力し合い、
● 恐れずオープンに議論する機会が与えられ、
● 常に革新的であり、一定のリスクを取ることが許されるべきである。
このような環境下で求められるリーダーシップが、今日のテーマである「モチベーショナル・リーダーシップ」です。
順番に実行することが重要な「6カ条」とは
ここにお集まりの皆さんはリーダーの立場で会社・団体をけん引していると思いますが、社内には将来、グループや係、課、部をリードしていく社員がたくさんいるはずです。そういう幹部候補に向けた「変革をもたらすモチベーショナル・リーダーがすべき6カ条とは?」について紹介します。最初にお断りしておくと、6カ条は1から6の順番で進めていかないとモチベーショナル・リーダーにはなれません。順番が重要なのです。
第1条「正しい人間になる」。これは私のリーダーシップ論、もしくはモチベーショナル・リーダーシップ論の「1丁目1番地」です。
皆さんの会社・団体には、「できる社員」がいると思います。営業職なら売り上げは必ずミートするし、新規顧客開拓も得意。管理部門でいえば、財務、法務、人事などでエクスパティーズ(専門的な知見や技術)を駆使して、より良い契約の交渉をしてくる、より良い財務戦略を提案して実行する。そんな「できる社員」は、相当IQが高い社員です。でもそれは、会社もしくはプロモーションされる側(リーダーになる人たち)から見たロジックであり、マネージされる側、リーダーの下で仕事をする側のロジックではありません。マネージされる側のロジックは、人材業界大手の上司と部下に関する意識調査の「上司に期待していることは何ですか?」というアンケートに現れています。
このアンケートの答えを見て二つポイントがあると私は思いました。一つ目が、上司に期待していることは、仕事ができるとか、業績を上げている、専門的な知識を持っているということではありません。
二つ目は、上司にはIQではなくEQ、つまり心の知能指数、人徳が求められているということです。先ほど述べたように、プロモーションされる側のロジックと、マネージされる側のロジックは全く違います。このギャップを認識しなければ、双方が同じ方向に向かって仕事をすることはできません。
私もサラリーマン生活が長かったので、アンケートに挙がっているようなEQの高いリーダーとは真逆のリーダーの下で仕事をしたことがあります。その時はまあ80%の力で適当にやっておこうと思ってしまいました。
逆にアンケート項目のほとんどに当てはまるリーダーと仕事をしたこともあります。そのときの私は、この人のためなら120%の力を発揮して火の中でも水の中でも突き進んで頑張ろうと誓ったし、自分のチームにも頑張ろうと言えました。リーダーにとって、何よりも大事なことは、「IQよりもEQを高める」ことです。
「肩書や年功ではなく、高いEQに基づくリーダーシップ」も必要です。高いEQを持ったリスペクトされている人間が社長、部長、課長という肩書を持っているから、社員の皆さんはモチベーションをどんどん上げていくのです。
そう言うと、「でも、実際に戦略を決めたり進むべき方向を決めたりするのはIQの部分ですよね」という声が聞こえてきます。
第2条「高いIQを持ったマネジメントチームを組成する」がその答えです。EQが高いモチベーショナル・リーダーシップの下には必ず「できるマネジメントメンバー」が集まってきます。なぜなら、公平に評価してくれる、きちんとアドバイスしてくれる、うまくいったら自分の手柄にしてくれる、うまくいかなかったら責任を取ってくれるからです。
では、なぜ「高いIQを持ったマネジメントチームを組成する」ことがモチベーショナル・リーダーシップにつながるのか。例を挙げます。ソニーは冒頭でお話ししたようにエレキもエンターテインメントも金融も手掛けているので、私が全てのビジネスの詳細を知ることはできません。そんな私が、例えばソニー生命のビジネスの手順を1人で決めて命じたら、社員は不安になり、モチベーションが下がってしまいます。逆に、私が、ソニー生命のトップマネジメントと徹底的に議論をした上で方針を決めているということが分かれば、モチベーションが下がることはありません。そういった観点からも、さらに良いデシジョン(判断)をする確率を上げるという観点からも、「高いIQを持ったマネジメントチームを組成する」ことが大事です。
第3条「Mission、Vision、Valueを定義する」。Mission、Vision、Value(MVV)、あるいはPurpose(パーパス)は、どの会社にもあると思いますが、リーダーが年頭のあいさつで触れるだけで、残りの三百六十何日間は忘れているという残念な会社を見ることがあります。生きたMVVになっていないのです。MVVやパーパスは、あればいいというものではありません。
部や課にもMVVが必要ですし、社員一人一人がMVVを考えてみる。なぜ、この会社で働いているのか。どのような社会貢献がしたいのか。私がソニー11万人の社員全員のMVVを知ることは不可能ですが、私に直接リポートしていた十数人のトップマネジメントの皆さんとは常に話をしていました。十数人のトップマネジメントの皆さんも、それぞれの部下と話をしているはずです。なぜこれが大事なのかというと、会社もしくは上司が、"自分の思いを理解してくれている"という安心感が得られるからです。数字だけで評価されるよりも、モチベーションがずっと上がるはずです。
第4条「戦略立案」。発生している問題をすぐに解決したい、新規事業を早く始めたいという気持ちはよく分かるのですが、戦略立案は4番目です。EQの高いリーダー、IQの高いマネジメントチーム、生きたMVVがある会社。その三つがそろって初めて戦略立案ができるからです。
私の失敗談を申し上げると、プレイステーション3(PS3)は世の中の注目を集めた製品ですが、1台売るごとに2万円か3万円の赤字を出していました。このままでは会社がつぶれてしまいますから、コストダウンのためにさまざまな会議を実施しました。それこそ梱包用のダンボールを少なくする、発泡スチロールの仕入れ値、そんな細かいことまで議論しました。赤字の問題を解決したいという意識が先行していたのです。
すると、若いエンジニアから、「平井さん、ちょっと待ってください。そもそもあなたはPS3が何かということを定義してない」と指摘されました。商品のMVVがないというわけです。PS3はゲーム機ながら、家庭用のスーパーコンピューターと評価されるくらい高性能・多機能だったのです。 私は指摘をなるほどと思い、マネジメントチームと議論してPS3のパーパスを「ゲーム機」と定義。現場に話すと、「ゲーム機と定義したということは、ゲームのパフォーマンスを上げるための部品コストは上がるかもしれません。でも、ゲームに直接関係ないところは徹底的に機能を絞るし、パーツもコストダウンします」と納得してくれた。このように商品のMVV、もしくは商品のパーパスが定義されて初めて戦略が生まれるのです。
成功の正しい方程式は一つの組み合わせしかない
戦略の立て方はさまざまありますが、成功のスタートラインに立つためには、先ほどから申し上げている正しい人間、IQが高いマネジメントチーム、ちゃんとしたMVVがあることにプラスして、きちんと議論されている正しい戦略が必要です。つまり、「成功への唯一の組み合わせ=正しい人間+正しい戦略」なのです。
第5条「現場へ行く」。PSビジネスの例でお話しします。まだ赤字を出していた頃のこと。ゲームはディスクで発売し、お客さまはゲーム屋さんで買ってくれていました。ただ、そのころからネットワークの通信速度が急速に向上してきて、ネットワークを介してゲームをダウンロードしたり、お客さま同士がオンラインで対戦したりというネットワークビジネスが主流になることは目に見えていました。ところが、PSビジネスの周辺にはディスクを製造したり販売したりしている人がいて、彼らはネットワークビジネスなんてやめてほしいと言い出し、反対・抵抗勢力になっていきました。
皆さんもこのようなイノベーションのジレンマに悩まされているかと思うのですが、その時に大事なのが「現場に行く」ことです。
新しいことを始めようとすると必ず反対・抵抗勢力が出てくる。大きな原因は、反対・抵抗勢力に対する説明不足です。説明不足だから腑に落ちない。腑に落ちないから反対し抵抗するのです。そこでまずは、リーダーが徹底的に時間と労力をかけて説明して、抵抗の旗を上げる人たちをなるべくミニマイズする。そのためには、責任者であるトップ自らが現場で説明をします。全社を挙げてのプロジェクトなら社長、部のプロジェクトだったら部長が現場に行く。「全社を挙げてDXを推進する」と言っていながら、現場で説明する人がナンバー3だったら、社員はどう思いますか。「あれだけ大事だと言っているのに、なんでナンバー3が来るわけ?」と思います。
ここからもう少し細かいディテールに入るのですが、リーダーが現場で話をする時、広報などが用意してくれた原稿を棒読みにしてはいけません。途中でつかえてもいいので、ハートで語ることがとても大事です。
また、メリットだけを語るリーダーがいます。このDXが完成したらターンアラウンドタイムが半分になる、コストが30%削減されるなど、いろいろなメリットを挙げるのですが、それもモチベーションを下げてしまいます。なぜかというと、社員はデメリットをよく知っているからです。「ネットワークビジネスのメリットは分かったけれど、営業の人たちはどうするの? ゲーム屋さんとのリレーションシップはどうするの? ゲームはダウンロードできたとしてもハードはダウンロードできないから売ってもらわないといけませんよね」と。社員が聞きたいのはプラス面もそうですが、マイナス面をどうするのかということ。「配置換えをします」「リスキリングをします」といったマイナス面も正直に伝えれば、この人はプラス面・マイナス面を含めた全体像を私たちに伝えようとしているということが分かるので、モチベーションが上がります。そうすることによって反対・抵抗勢力の数を減らすことができます。
そしてライブの質疑応答の時間を十分に取ることも大事です。私がよく経験したのは、東京から社長が来てタウンホールミーティング(対話集会)をするというので、担当部署の人が社員から事前に質問を出してもらっているということです。そして、担当部署が当たり障りのない質問を選んで、Q&Aセッションで司会が読む答えまで用意されている。社員はどう思いますか?
だから私は、質疑応答の時間を十分に取ってライブでやることにしていました。その時は社長が社員に対して上から目線で話をするのではなくて、1人の人間が1人の人間に対して、話す姿勢が重要です。そこでは「筋書きのない、インタラクティブ(対話型)な意思疎通に基づくリーダーシップ」が求められるのです。
まとめると、
現場訪問のポイントは、
● 責任者であるトップが自ら現場で説明する
● ハートで語る(原稿の棒読みはしない)
● プラス面だけではなく、マイナス面も語る
● ライブの質疑応答時間を十分に取る
● 人間と人間の対話を重視する
ということです。
抵抗勢力への対処にはリーダーの強い意思がいる
ただ、それでも反対・抵抗勢力が残ることがあります。私の経験から三つのベーシックな対処法をお話しします。
まず、荒療治になりますが、その人を「影響が出ないように完全に外す」。二つ目は「組織的に隔離する」。これはPlay Station Network発売時にやりました。あまりにも反対が強かったので、「ディスクビジネスは今の会社でやってください」と言い、ネットワークビジネスは、ソニー・ネットワークエンタテインメントという別の会社を立ち上げて、両社で切磋琢磨する形にした。私の仕事は両社の利害調整です。この調整は面倒ですが、他人任せでは駄目で、リーダーが両方のリポートを受けて利害調整をする必要があります。
三つ目は「反対勢力に担当させる」です。これは時と場合によってうまくいくハイリスク・ハイリターンのシナリオです。私が米国で社長をしていた頃、営業に素晴らしい成績のVP(バイスプレジデント)がいたのですが、彼はいつも「ソニー内製のゲームがあまりにもひどすぎる。面白くない。これが売れているのは営業の力です」と文句を言う。そこで私は、「来月からあなたが営業のトップと制作のトップの両方をやりなさい」と命じた。彼は抵抗勢力ではなく、ゲーム制作をやりたかったのです。やらせてみると、ゲームの質は上がるし、営業力でどんどん売れた。これは成功例ですが、抵抗の理由の中には「自分がやりたい」という気持ちがある場合もあるので、よく見極めないといけません。
なぜ、荒療治も含めて対処することが大事なのか。トップ自らがネットワークビジネスをやるという話をしたのに反対の人をそのまま放置しておくと、ほかの社員にはトップはそこまで真剣ではないというメッセージになってしまうからです。モチベーショナル・リーダーは、マイナスの対処でもやるときはやる。それが強烈なメッセージになるわけです。
トップの万が一に備えて後継者育成計画も重要
第6条「後進に道を譲る」は、プロジェクトが成功したら花道にして道を譲ってくださいということではありません。万が一の話ですが、トップが不慮の事故とか病気などでリーダーシップを発揮できなくなるということはあり得ます。その時、外部からの問い合わせに、「私たちも困惑しています」と答える会社と、「指名委員会が来週ミーティングを行って暫定CEOを決めて、業務を遂行します」と答える会社、社員も含めてどちらが安心できる会社なのかは明らかです。トップは万が一に備えて何らかの形でメッセージングしておくこと。特に非常時のサクセッションプランニング(後継者育成計画)は大事だと思います。
1条から6条までお話ししましたが、最後にあなた自身を振り返ってください。
あなたは、
● いかなる状況でもプラス思考のリーダーシップを発揮できますか?
● 人間と人間の関係性を最優先にしていますか?
● 完璧な「マシン」ではなく、弱みもある人間ですか?
● アジェンダの正しい優先順位を意識・実行していますか?
いかなる状況でもプラス思考のリーダーシップを発揮できるかが大事です。ネガティブな記事が新聞に載った日、トップが一日中不機嫌だったら、周囲の人たちは、もっと大きな事件・事故が発生した時に、このトップは適切な対応ができるのだろうかと不安になります。また、リーダーは完璧な「マシン」である必要はないし、社員も求めていないと思います。分からないことは分からないと言えばいいし、間違えたと思ったら間違えたと言えばいい。その方が社員のモチベーションは上がります。
最後になりますが、アジェンダの優先順位を間違えないでください。優先順位が最も高いのはお客さま、ビジネスパートナー、株主さま、社員です。リーダーは最下位で結構です。それはなぜか。モチベーショナル・リーダーシップを発揮することでプロジェクトが成功し、会社の業績が上向き、いろいろなことが良い方向へ動き出す。その結果によってリーダーの株は自然に上がるからです。
超競争の時代は常に変革を求められます。社員の皆さんが頑張ろうと思えるような環境をつくれば、もっともっと成果が出るでしょう。ぜひ、皆さんにモチベーショナル・リーダーシップを発揮していただきたいと思います。
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