ベルギーの詩人であり劇作家でもあるメーテルリンクによる童話「青い鳥」。貧しい木こりの家庭の兄と妹が2人で、幸せの青い鳥を求めて、思い出の国や未来の国など遠くの国々を探し回る物語だ。
それぞれの場所で青い鳥を見つけるものの、途中で黒い鳥に変わったり、死んでしまったりして持ち帰れない。結局のところ、探していた幸せを呼ぶ鳥は最も身近な自宅の鳥籠の中にいたという結末である。
これと同じ過ちを、あなたは犯していないだろうか。競合他社をまねしてみたり、業界トレンドを追いかけたりしてみても、そこに価値あるオリジナリティはない。あるのは同質化による価格競争だけである。
地元を愛する2人がつくった新しい逸品
千葉県船橋市のブランド野菜に指定される特産品、小松菜の栽培が始まったのは30年ほど前。西船橋駅周辺では新鉄道の開通により宅地化が進み、農地は減って衰退の兆しを見せ始めた頃のことだ。
地元農家の平野代一さんは、残された農地を守り、次代へ農業をつなごうと特産品づくりに着手。注目したのが小ぶりで場所を取らず、年に何度も収穫できる小松菜だった。試作を繰り返して地域に広め味を知ってもらおうと、サンプルを持って飲食店を回った。
一方、西船橋駅近くで居酒屋「フナバシ屋」を営む山本圭一さんにも悩みがあった。駅前商店街では閉店する店が増え始め、何か皆で地域を盛り上げる方法がないかというものだった。平野さんたちがつくる小松菜を知っていた山本さんは、平野さんに何か一緒につくれないかと相談。こうして、小松菜を使ったアルコールドリンク開発「小松菜ハイボールプロジェクト」がスタートした。
とはいえ、当初は小松菜独特の苦みや青臭さを除くのが難しく、開発は難航。試作品を客に提供したら、「これ飲めるの? 水槽の水みたいだね」と言われることもあった。 また、半年をかけて沖縄のゴーヤジュースを参考にした試作品をつくったものの、試飲会では参加者より「甘すぎる」との指摘を受けた。それでも諦めることなく試行錯誤を重ね、かんきつ系のグレープフルーツシロップとレモン果汁を加え、すっきりとした飲み口の「小松菜ハイボール」を完成させた。
人々の交流を生み西船橋の名物に
店で出してみると、予想以上の好評を博した。見た目のユニークさに加え、すっきりとした味わいが評判を呼び、今では年間3万杯も注文される人気商品へと成長した。開発に携わった平野さん、山本さんは共に船橋生まれの船橋育ち。新商品には、地元を愛し、皆で地元を盛り上げていきたいという思いが込められている。
それゆえ山本さんは、試行錯誤を重ねてつくったレシピを他店にも伝授。現在では自社を含めた15店舗で提供され、年間10万杯近く売れる西船橋の名物となった。 さらには、そのおいしさを広めたいという映像製作会社経営の立川彰さんの発案により、小松菜ハイボールを飲んで語り合う交流会「小松菜ハイボールを飲もうの貝」を定期的に開催。ちなみに「貝」と表記するのは、同じく地元名物のホンビノス貝にちなんでいる。 2012年から始まった「飲もうの貝」は月に一度開催され、農家、漁業関係、地元事業者、行政関係、政治家、ダンサー、ミュージシャンなどさまざまな職業の人が集まる。フナバシ屋は、小松菜ハイボールを片手に人々が交流する〝まちのサードプレイス〟となっている。 「飲もうの貝では、正直なところ店の利益は考えていないし、出ていないかもしれない」と山本さん。「それよりも、新たに参加してくれる人が笑顔になってくれることで、応援する他の人たちも笑顔となり、皆で幸せな気分を感じてほしい」と目的を語る。 ところで「自利利他」とは仏語で、他人の幸せ・他人の利益のために修行・努力することが、結果として自らの利益にかなうことを意味する。小松菜という青い鳥を足元で見つけ、育み続ける2人の取り組みの根本には、この仏語の教えがあるようだ。
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