だるま生産量日本一の群馬県高崎市。業界最大規模のだるま工房を誇る大門屋は、創業100年を超える老舗だ。伝統工芸士の四代目は黄綬褒章(おうじゅほうしょう)を受章し、五代目の中田千尋さんはアマビエだるまを大ヒットさせ、伝統をアレンジしたグラデーションだるまを開発するなど温故知新のアイデアで伝統をつなぐ。
営業成績トップを条件に入れた家業
眉は鶴、小鼻と口ひげで亀を模した顔が特徴の高崎だるまは、200年以上の歴史がある。陰りを見せる伝統工芸が多い中、高崎だるまは、今も地域に50の工房があり、活況だ。中でも大門屋はトップクラスの規模で、コロナ禍をものともせず、2022年、23年とも大幅に売り上げを伸ばした。
その立役者が、現社長の中田千尋さんである。 「大学の卒業論文で高崎だるまの変遷をテーマにするまで家業にまったく関心ありませんでした」
三姉妹の末っ子で、小学生の頃は店が遊び場だったと懐かしむ。だが、幼少時の記憶にある父、四代目(現会長)中田純一さんは、学校行事は全て不参加で、ひたすらだるまの顔を描き続ける姿ばかり見せていたという。 「でも、学校教育に熱心な家庭で、学校が終わっても夜11時まで塾という生活が高校生まで続きました。地元の大学に行けと言われましたが、親の反対を押し切って都内の私立大学に進みました。それまでの反動で、大学時代は遊びに遊びましたね」と笑う。 それでも、観光バスが立ち寄り地とする家業は誇らしく思え、父を尊敬していたと語る。大学卒業後の進路希望も「大門屋で働く」の一択だった。だが、その思いの前に父親が立ちはだかる。 「『よそで働いて営業成績トップになったら帰って来ていい』という条件を突きつけられました。そのため、地元の貴金属店で働き、学生時代に広げた交友関係を生かして、父が納得するような成績を出しました。店からは引き止められましたが、気持ちは変わりませんでした」
コロナ禍に大ヒットさせた「アマビエだるま」
13年、晴れて大門屋の社員となった中田さんは、父親の下で3年間職人として下積み修業をし、その後、海外出展や海外メディア出演など、国外のPR活動に力を入れていった。そして、家業入りして7年がたった頃、コロナ禍という転機が突然やってきた。 店の前を走る国道18号は市内1、2を争う交通量だが、コロナ第1波のときは車の姿が消えた。客足もぴたりと止まり、売り上げは100%減。電気代も払えなくなってしまうのではないかと不安にかられ、焦る中田さんの背中を押したのがSNSのフォロワーの「千尋さんがデザインしたアマビエだるまが欲しい」という声だった。
当時、疫病をはらう妖怪のアマビエが話題となっており、すでに市内のだるま工房数社がそれを模しただるまを販売していた。中田さんも自らデザインした「アマビエだるま」を開発するとSNSで情報を拡散。人気に火がつく。だが、父親からは「これは、だるまじゃない」と却下され、店頭で〝こっそり〟と販売せざるを得なかった。それでも人気は止まらない。中田さんは起死回生のチャンスと捉え、思い切って店先にアマビエだるまの看板を立てた。 「父からは『大門屋をつぶす気か』と怒鳴られましたが、私も『四代目がノーと言おうと、お客さまが求めているものを売る』と言い返しました。父は、その後もアマビエだるまはつくらない、の一点張り。でも、日に日にアマビエだるまの注文が増えて、ある日、父が『全員でつくれ!』と言って工房内がアマビエだるま一色に。その光景は今も鮮明に脳裏に焼き付いています」
同時期に海外のハイブランドをヒントに生み出したのが「グラデーションだるま」だ。エアブラシで吹きつけた濃淡のあるカラフルなだるまは、赤一色だった伝統の高崎だるまに新風を巻き起こした。
伝統の技があるから次代へ向けた挑戦ができる
アマビエだるまは、売り上げ累計約5万個と、大門屋の歴史を塗り替えるほどの大ヒットとなる。グラデーションだるまのカラーバリエーションや季節限定柄を増やし、繁忙期の年末年始以外の売り上げアップに貢献した。中田さんはこの20、21年を「大門屋の改革期」と捉えて奔走した。そして法人設立60周年を迎えた23年5月、五代目に就く。 「いい商品をつくるのは当たり前。100年先まで生き残るべく、これまでに認められてきた伝統のだるまを、現代に合ったものにアレンジし、伝統を知らない世代や世界中の人たちにも認知してもらう。アレンジしただるまを入り口として、伝統的な赤い高崎だるまを手に取っていただき、業界を存続させていくことが重要な課題であり、私の願いです。伝統からブレるのではなく〝しならせる〟のが新しい大門屋のスタイルです」と中田さん。 「だるま職人を育てるのに約10年、私の次の代が育つのに子育てを含めれば30年はかかります。まずは今いる社員の適性を見極め、評価し、給与や賞与にしっかり反映して信頼関係を築くことから。社内も社外も持つべきものは人。つながりを大切にすることで未来に続く道がおのずと延びていくと思います」と語る。父親譲りの実直さが顔をのぞかせた。
会社データ
社名 : 大門屋物産株式会社(だいもんやぶっさん)
所在地 : 群馬県高崎市藤塚町124-2
電話 : 027-323-5223
代表者 : 中田千尋 代表取締役
従業員 : 約10人
【高崎商工会議所】
※月刊石垣2024年2月号に掲載された記事です。
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