多くの製造現場では製造設備のIT化、IoT化が進み、少数の従業員によって製品が生み出されている。こうした工場をDX推進の成功例と捉えがちだが、経済産業省「DXセレクション2023」で優良事例に選定された共進は、IT、IoT導入とDXは異なるという考えだ。同社の取り組みとDXに対する経営者の視点を紹介する。
DXに取り組み労働人口減少に備える
自動車用などの精密部品加工メーカーである共進の強みは、切削加⼯・研削加⼯技術に加え、独自の「カシメ接合」技術を持つことだ。金属に外部から圧力をかけて変形させ、別の金属と接合するカシメ接合でつくる部品は、フランジ(つば)径に合わせた材料から切削加工してつくる部品に比べて、材料や加工時間を大幅に削減でき、コストダウンや納期短縮が可能になる。
同社社長の五味武嗣さんがDXに取り組んだ背景には、労働人口の減少(特に15歳以上65歳未満の生産年齢人口)に対する危機感がある。「令和5年版厚生労働白書」によると、生産年齢人口は、2020年から40年までの20年間で約7500万人から約6200万人へ急減する。 「20年間で5人に1人の労働者がいなくなるということです。しかも、当社がある諏訪地域でも、少子化の影響で若い人が少なく、採用に苦労しています。一方で働き方改革により労働時間を減らし、最低賃金は上昇傾向です。生き残るためには生産効率を上げるしか方法がありません」
同社のDXの取り組みのうち、工数削減に効果を発揮した事例がある。「製品キズ検査の自動化」は、従来の人による目視検査をラインに設置したカメラによる自動検査に置き換えた。「作業場・倉庫の温湿度監視」は、従業員が温湿度計を目視確認していたが、温湿度センサーを用いた自動計測に切り替えた。また、「材料在庫モニタリング」は、在庫棚を映したカメラ画像をAIが分析して在庫量を確認し、担当者が在庫棚を確認する手間を省くもので、実証実験が終了し現在システムを構築中だ。「作業内容入力のデジタル化」では、紙の作業日報に手書きした後PCに入力していたデータをタブレットに直接入力できるシステムをつくり、今後運用を進める。
これらを含め同社では10を超える取り組みを進めているが、五味さんは「全てがうまくいっているわけではない」と続けて話す。
机上の議論を重ねるより「やってみる」を重視
同社はカシメ接合でつくる部品の品質向上を目指して、公立諏訪東京理科大学と共同で、金属同士の接合後に強度が最も高くなる接合条件を判別するAIを使ったシミュレーターを開発した。以前は顧客が部品に求める強度を出すために、技術者が少しずつ条件を変えた部品をつくっては破壊試験を行い、強度を計測する作業を繰り返していた。これでは“タイパ”(時間対効果)が悪いし、接合の強度が最高条件ではなくとも、ある程度の強度で顧客の希望を満たした部品ができれば、技術者はそれが最良の品質であると思ってしまう弊害があった。 「もっと試験を続ければ、より簡単(低コスト)な材料で要求を満たしたり、軽量・小型化が図れたりするかもしれませんが、やみくもに試験を続けるのは非効率的です。シミュレーターを使うと早く結果が出せるだけでなく、さまざまな条件によるシミュレーションがパソコン上でできるので、より迅速に顧客の求める品質以上の提案ができる可能性が高まります。ところが……」と五味さんは続ける。「実際に現場に投入したところ、部品ごとに形状や材質が違うため、シミュレーションに必要なデータを取得するためにはかなりのテスト工数が必要になることが分かりました」。シミュレーターで試験工程を簡略化するためには、多くのテスト工数が必要という矛盾が潜んでいたのだ。
それでも五味さんは、「やるかやらないかという机上の議論を重ねるのではなく、まずはやってみる」という姿勢を重視している。 「当社の取り組みの中には、アナログをデジタルに置き換えた段階でとどまっているものもあります。それらは単なる業務効率化のためのIT、IoTであり、DXとはいえません。DXとは、デジタル技術の活用による業務プロセスの改変が、新しい付加価値を生み、新たに事業戦略やビジネスモデルの変革を実現することだと考えるからです。そのためにはビジョンや戦略方針を社員たちに明確に示して、『何のためにDXを進めているのか』を理解してもらう必要があります」。五味さんはDXを活用して同社をどのように変革していくのか。その手腕に期待がかかる。
わが社のDX推進成功のポイント
課題
・製品キズ検査や材料在庫の確認などを人の目や手に頼ったり、作業日報を紙に手書きしていたりとアナログの部分が残っていた
DX推進のための工夫
・製品キズ検査の自動化、材料在庫モニタリング、作業内容入力のデジタル化など内製で必要なシステムをつくった
・公立諏訪東京理科大学や中部電力といった外部機関との共同研究も積極的に行った
・ビジョンや戦略方針を社内に示し、DXを推進する必要性を明確にして、従業員に理解を求めていく
成果
・作業時間の短縮、省エネなどの効果が得られた。従業員が効果を実感することで新たな提案やアイデアが出るようになった
・DX推進の理由を従業員が理解したことでDXを自分事として捉えるようになった
会社データ
社 名 : 株式会社共進(きょうしん)
所在地 : 長野県諏訪市中洲4650
電 話 : 0266-52-5030
HP : https://www.kyoshin-h.com
代表者 : 五味武嗣 代表取締役社長
従業員 : 130人
【諏訪商工会議所】
※月刊石垣2024年6月号に掲載された記事です。
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