航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、岡山県の北西部に位置し、古くから山陽と山陰をつなぐ交通の要衝として栄えた人口2万8千人(2020年国勢調査)の新見市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
空白の可能性
新見市の可住地面積割合は13%と小さいが、人口も少ないことから可住地人口密度は279人と、岡山市(1759人)の2割以下、岡山県平均(626人)の半分以下であり、市街地の過疎化(スポンジ化)が進んでいる。
このままでは地域経済社会の基盤が崩れる恐れもある一方、可住地人口密度が低いということは、拡散している市街地をコンパクトにすることで分散していた民間の活力を束ね、経済の好循環を創出する力を再生する余地があるともいえる。
要は、空白をマイナスと捉えるか、可能性と捉えるかの違いだが、「生産(GRP)→分配→支出」と所得が流れる新見市の地域経済循環にも大きな空白(所得流出)がある。
2020年のGRPは943億円で、新見公立大学の存在もあり、医療・介護などの「保健衛生・社会事業」が全体の1割を、第3次産業全体で5割強を占めている(ただし、全国平均の7割強には及ばない)。分配段階では、補助金や交付金などの財政移転を主因に、差し引き412億円もの所得が流入している。一方、支出段階では、移輸入超過を背景に▲404億円もの域際赤字(所得流出)を計上しており、分配段階での所得流入がGRPの拡大に結び付いていない。いわゆる漏れバケツ構造(域外から所得が流入しても地域にとどまらない構造)であり、大きな空白(穴)がある。
ただ、この構造自体が、地域経済を衰退させているとは言い難い。10年から20年にかけ、GRPは942億→943億円の横這い(全国GDPは約8%増)であり、人口減少によりむしろ1人当たりGRPは278万→336万円と1・2倍に拡大している。
この点、この10年間の新見市は、人口が減少しても地域経済循環の規模を維持できる構造であったと評価すべきであろう。
またこの間、域際赤字の要因である第3次産業の移輸出入額を▲488億→▲377億円に圧縮してGRPを維持しており、大きな域際赤字(空白)は、地域経済循環を維持する可能性の源泉であったともいえる。
経済循環全体の俯瞰を
今後はどうか。
新見市では、居住誘導区域や都市機能誘導区域を定めた立地適正化計画が策定され、市街地をコンパクトにして空白を埋める取り組みが進められている。後は、コンパクトになるまちで域際収支の空白を可能性として捉え、これを埋める挑戦を生み出すよう民間の活力を束ね、重ねていくことが求められる。
そのための方法論は、地域資源活用やPPP/PFI、各地で持続しているビジネスプランコンテストなど多数の参考事例があるが、新見市にとって重要なことは、域際収支の改善をゴールとせず、地域経済循環全体を強く太くする視点で挑戦を促すことだ。
例えば、古民家カフェの創業は、すぐに域際収支の改善に結び付かないかもしれないが、民間消費を呼び込み、地域に新たな雇用を生み出し、域外本社への利益移転を抑制するといった多様な効果を地域経済循環に与え、それが1人当たりGRPの拡大となって自分たちに戻ってくる可能性がある。こうしたことを理解して挑戦を促すことが重要だ。
俗に地域を変えるのは「よそ者」「わか者」「ばか者」といわれるが、要は外部から来た若者の挑戦が、地域に新たな経済循環を生み出すことである。
幸い新見市には、約800人になる新見公立大学生という貴重なリソースがある。まずは彼ら彼女らを中心に若年層が試みる場所や機会を提供し、環境を整備すること、その試みを自分事として応援すること、これが新見市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所上席研究主幹・鵜殿裕)
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