本来であれば廃棄されるパンを素材にしたアート作品を企画・製造・販売しているパンセム。同社CEOでアーティストの森田優希子さんは長年の試行錯誤の末に、本物のパンを使ったランプシェードである「パンプシェード」を開発。“パン好き”を中心にじわじわと注目が集まり、今や国内のみならず海外17カ国に輸出するほどの人気を博している。
くり抜いたパンに光が差し込む様子にインスピレーション
バゲット、ブール、クロワッサン……。パンの中に温かい光がともり、生地の層や焼きムラが優しく浮かび上がる。神戸市にあるパンセムが企画・製造・販売する「パンプシェード」は、本物のパンをくり抜いて、中に専用のLED照明を組み合わせたインテリアライトだ。樹脂の一種をパンにコーティングすることで、長期間安心して使用できるように仕上げてあり、冒頭のほかにも食パン、ロールパン、メロンパン、シャンピニオン(キノコ形のパン)など、多彩なバリエーションがある。 「同じバゲットでもクープという切り込みや焼き具合によって、それぞれが少しずつ違う表情をしています。そんなパンに生き物のような面白みや深みを感じて、これを素材に作品をつくってみたいと思いました」と同社CEOでアーティストの森田優希子さんは振り返る。
原点は、森田さんが京都にある美術大学の学生だった時のことだ。ベーカリーのアルバイトスタッフとして4年間働くうちにパンにすっかり心を奪われ、その魅力の源泉を探求するようになった。イースト菌の発酵具合を観察したり、パンを薄くスライスして顕微鏡で見たり、パンに生えるカビの種類を調べたりと、さまざまなことをやったという。 「ある日、フランスパンのクラム(中身の柔らかい部分)だけを食べるという実験をしていたとき、たまたまくり抜かれたパンに西日が差し込み、パンが光って見えた瞬間があって。『探していたのはこれだ!』と直感して、パンプシェードに行き着きました」
「メゾン・エ・オブジェ」の出展を機に輸出先を拡大
在学中にパン型ライトのアイデアが固まり、制作に乗り出した。大学卒業後は、寝具メーカーに就職して多忙な日々を送るも、趣味として試作は継続した。とはいえ、トライ&エラーの連続だったという。本物のパンを活用するには、長期にわたってカビたり朽ちたりしない状態をつくらなければならない。専門知識やノウハウがない中で、さまざまな方法を試していった。その中で大きなヒントになったのが飾りパンだ。 「飾りパンというのは、パン屋の看板やウエルカムボードなどでたまに見かけるインテリアアイテムです。生地を長く保存するために卵や牛乳を使わず、じっくり焼き込んで水分を飛ばすのでカチカチになって長持ちします。それをヒントに水分を排除するための乾燥方法を考えたり、ホームセンターでいろいろな塗料を買ってきてコーティングしてみたりと、防腐・防カビの最適解を見いだしていきました」 6年近い歳月を費やし、ようやく完成形が見えてきた。森田さんは当初、これをビジネスにすることは考えていなかったそうだが、「つくった作品を誰かに見てほしい」と展示イベントに参加した。すると来場者から「買いたい」と言われて戸惑ったという。 「売り物と考えていなかったので値付けもしていないし、そもそもいくらくらいが妥当なのか見当もつかなくて。それでお断りしたんですが、『どうしても売ってほしい』と懇願されて800円で売ったのを覚えています」
それをきっかけに商品化へ向けて動き出した。商品名やロゴを決め、パッケージを制作し、安全規格を取得。2016年、アトリエ「モリタ製パン所」を開設して販売を開始した。ECサイトのほか、販売イベントなどへの参加を通じて引き合いのあった生活雑貨の店やセレクトショップなど徐々に販路を拡大していく。さらに海外から舞い込んだ注文を受けて、18年から「メゾン・エ・オブジェ」(欧州最大級のインテリア・デザイン見本市)などにも挑戦する。現地で高い評価を得て、海外ショップへの販売も増え、現在では17カ国に商品を輸出し、売り上げ全体の6割以上を海外が占めるまでになった。
パンを通じて新しいライフスタイルを提案
その後21年に法人化し、株式会社パンセムを設立した森田さん。パンプシェード誕生の物語は、森田さんのパンへの並々ならぬ思いから始まったものだ。学生時代にアルバイトをしていた頃から、売れ残って廃棄されるパン=ロスパンに心を痛めていた。そうしたことから同商品には、基本的にロスパンを活用している。ロスパンは売れ残りに限らず、パンを焼く際に出る余り生地や賞味期限が近付いた冷凍生地なども含まれている。現在、その供給元として五つのベーカリーと契約しているが、「お互いにウィンウィンの関係でいたい」となるべく高い金額で買い取っている。また、くり抜いたパンの一部をオリジナルラスクにして販売するなど、パンくず一つ無駄にしたくないという気概と愛着を感じる。
今ではナンを文字盤にした時計「今、ナン時」や、薄くスライスしたパンの断面を楽しむオブジェ「SLICED」などラインアップも増え、さらにパンの芳醇(ほうじゅん)な香りが楽しめるアロマキャンドルも制作中だ。 「パンはただ食べるだけでなく、多彩な楽しみ方があります。もっと生活の中にパンが溶け込む、そんなライフスタイルを提案できるように今後も活動していきたい」と森田さんはアーティストとしての顔をのぞかせた。
会社データ
社 名 : 株式会社PANTHEM(パンセム)
所在地 : 兵庫県神戸市兵庫区西多聞通1-3-6
電 話 : 078-599-7480
代表者 : 森田優希子 CEO
設 立 : 2021年
従業員 : 9人
【神戸商工会議所】
※月刊石垣2025年6月号に掲載された記事です。