若い頃、「立っている方が何でもやる」というルールを家内と決めたことがあります。立っている者が新聞を持ってくる、お茶を入れる、電話に出る、のが平等で合理的と考えて始めたのですが、ある時家内がこう言いました。「ルールだからというよりも、あなたが〝ありがとう〟って毎回言ってくれるから、またやってあげたくなるのよ」
以来、些細(ささい)なことでも感謝の気持ちをキチッと伝える習慣が身に付きました。
「ありがとう」、この一言は相手に「借り勘定」を残さないための基本です。何かをしてくれた相手に「せっかくやってあげたのに……」とか、「こんなに頑張ったのに……」という気持ちを残すことは、「借り勘定」を残すことです。もちろん、「ありがとう」の一言だけでは済まないことも多いのですが、まずは相手への礼儀の一歩は重要です。
もう一つ、「話を聞く」ということも「借り勘定」を残さない大きな力を持っています。部下が悩みや愚痴を言ってきた時、全部聞いたら7割解決、内容を復唱したら9割が解決します。
24歳の時に実家の商店に入ってからの2年半、私は社内で四面楚歌(そか)でした。大学院を中退して家業を継いだ私は、社員を下に見ていたのです。だから話を半分も聞かず「君の言いたいことはこういうことだろう」と、話の腰を折ることがしょっちゅう。問題点は解決できても相手の心の中にモヤモヤ、つまり自分にとって「借り勘定」が残ります。
大切なのは、最後までうなずきながら聞くこと。この段階で「借り勘定」は帳消しとなります。そして次の瞬間、話の仕方によっては相手に〝貸し勘定〟を生むことができるのです。
例えば、「確かに君の言う通りだ、来月役員会にかけよう。しかし、この案件は今できるのか? 直属の上司があんなに反対している中で良い結果が出せるかなぁ。一緒に飲みに行くなどして、気持ちを和らげた方がいいんじゃないか」といった感じです。相手は自分の言うことを全面肯定された上、今後の方向まで示唆されて、感謝の気持ちを抱くでしょう。
話し始めた時には談判する気構えだったのが一変し、この人が応援してくれるんだから頑張ってみよう、という気になるのです。これが、「借り勘定」が〝貸し勘定〟に変わった瞬間です。
小さな不満(借り勘定)が蓄積すると社員のモチベーションは下がり、会社は力をなくしていきます。相手の心に〝借り〟を残すか〝貸し〟を残すかは、上に立つ者が日頃口にする言葉が大きく影響するのです。人手不足が叫ばれる昨今、社員のモチベーションを維持・向上することも大事な企業マネジメントの一つだと思います。

