雨の火曜日、閑古鳥が鳴く飲食店に訪れたお客さまを、店主が精いっぱいもてなしたとします。それ自体は素晴らしい行動です。しかし、そのお客さまが「いい店を見つけた」と大切な人を誘って、混雑する土曜日に再訪した際、料理の提供が遅く、気遣いもなく、店主と親しく話すこともできなかったとしたらどうでしょう。お客さまは次回の来店をちゅうちょするに違いありません。
人は消費行動を起こすとき、常識的なレベルの「事前期待」を抱いています。期待を大きく下回れば腹が立ちますし、逆にレベルが高すぎても居心地の悪さを感じるものです。
私自身、サービスにおける事前期待の重みを実感した経験が2度あります。
一つは、妻と20年来通っていた銀座のしゃぶしゃぶ屋での出来事です。ある日、年配の仲居さんたちが、若いスタッフへ一新されていました。慣れた手つきの鍋の準備を見つつ、仲居さんとの世間話を楽しむひとときはなくなってしまいました。
店の方針であれば仕方ないと、多くは期待しませんでしたが、決定打はもみじおろしでした。いつもは小鉢に先がとんがるほど美しく成型されているのに、その日はグチャグチャで、まるで誰かの使い残しのようでした。もちろん交換してもらいましたが、長年培われた事前期待を裏切られたショックから、以来足を向ける気持ちはなくなりました。
もう一つは、長年通うステーキ屋のシェフが交代した際のエピソードです。肉の説明やサービスの仕方がガラリと変わりました。以前の貫禄あるシェフのにこやかな対応に対し、新しい若いシェフは実に丁寧で、所作や立ち居振る舞いが洗練されて美しかったのです。妻は「前とは違うけれど、これはこれで良いわね」と高く評価しました。高額なステーキに見合った応対に、期待が良い意味で書き換えられ、満足度が高まった事例です。
前者は事前期待を裏切った事例であり、後者は事前期待の形を変えて心地よく超えた事例です。
サービス業におけるベストは、「事前期待を裏切らず、ほんの少し上回る」ことです。上回るポイントは、味、接客態度、サービス、美しさ、価格など無数にあり、他社との差別化のチャンスはいくらでも存在します。
ここで最も警戒すべきは、暇なときに「いつもはできない過剰なサービス」をしてしまうことです。お客さまはそれを店の基準として事前期待に組み込んでしまいます。
「繁忙期にも変わらず提供できるサービスを、自社の基本とする」。これを顧客満足維持の鉄則とお考えください。

