山長商店
和歌山県田辺市
木炭販売が商売の始まり
森林面積が県総面積の4分の3を占める和歌山県の田辺市で、山長(やまちょう)商店は植林から伐採、製材、加工、販売までの山林経営を一貫体制で行っている。江戸時代中期に田辺の地で薪炭(しんたん)の商いを始め、同末期になると山林経営に乗り出し、現在は紀伊半島南部に5000haもの山林を所有している。
十代目の榎本長治さんは、自社の歴史をこう語る。
「うちの本家は山庄といい、寛延3(1750)年ごろ、四代目のときに次男と三男が分家して、次男が山長と名乗り商売を始めたのが最初です。その初代の逸話は、『紀州田辺万代記』という江戸時代の記録に出てきます。藩が村の商人を取り締まることになった際、うちは曽祖父の代からここで商売をしている、そんなことをされたら家族を養っていけないと、初代が訴え出たことが書かれているのです」
当時、備中屋長左衛門という田辺の炭商人が製法を編み出した備長炭(びんちょうたん)の製造が盛んになっており、山長も山で焼いた炭を買い取って商売をしていた。そして江戸時代末期からは自らで山林を持つようになり、そこでつくった炭を上方で販売するようになっていた。
母子手を携え危機乗り越える
明治時代に入ると七代目長七が山林の買い増しを行い、本格的な山林経営に乗り出していった。
「長七は私の曽祖父です。長七はやり手の事業家で、今後は木材の需要が高まると見て、明治10年代には毎月何十筆という山林を買い付けています。そして、伐採した木を製材して販売する事業も始めました。当時はまだ銀行が発達していなかったので、農民からお金を預かって運用する頼母子講(たのもしこう)のような民間金融から資金を借りて、事業を拡大していきました」
そんな矢先、明治34(1901)年に長七が52歳の若さで突然亡くなってしまう。事業を拡大している最中で、民間金融からの莫大な借金がまだ残っており、いきなり経営危機に襲われたのだ。
「後に八代目となる息子の傳治(でんじ)はまだ学生だったので、長七の妻、いちが経営を引き継ぎました。いちは気丈な人で、番頭たちが不正を働いていたことを知ると全員解雇し、自分で取り仕切っていきました。そして所有していた多くの山林を売却して借金を返していき、事業を縮小することでこの危機を乗り越えていきました」
息子の傳治も父が亡くなると学校を中退し、母とともに山長の立て直しに尽力した。そして、20歳になる頃には、ほとんどの借金を返済し終えていたという。
「祖父の傳治は真面目で几帳面な人で、徴兵から帰ってくると、所有している山林がある役場を訪ねて、山の台帳づくりから始めました。山の管理人が来ると帳面にその報告を書き付けたほか、何日に誰に何を渡した、収支はどうなったといったことを事細かく記録していきました。このようにして、山林を管理するシステムを構築していったわけです」
九代目長平は、昭和13(1938)年に学校を卒業すると家に戻り、八代目が山林の管理を行い、九代目が山林の買い付けを行った。「炭の需要が減ってきたため、山林は材木となる杉に植え替えていきました。最初に500万本を植える目標を立て、毎年50万本ずつ植えていったのです。山で伐採した原木は、川に流して河口まで運び、そこで製材をしたものを船で東京や大阪に出荷していました」
時代に合わせ製材業へ進出
昭和30年代半ばになるとアメリカ産の原木が輸入され、それを製材して販売する業者が増えたが、製材された木材が直接輸入されるようになると、多くの製材業者が苦境に陥っていった。
「その頃、住宅建築用の木材を工場で加工して建築現場に送るプレカットという手法が登場しました。家の設計図を基にコンピューター制御で加工機が木材を寸法どおり加工していくのです。これにより木材の供給体制が大きく変わる。それに進出しないと後がないと判断し、平成9(1997)年からプレカット事業に着手しました」
このようにして地元で伐採し製材した紀州材は、東京を中心に自力で販路開拓していった。 「注文建築にこだわりを持つ工務店の組合とも連携し、プレカットの注文を受けて出荷しています。紀州材の良さは強度があって耐久性に優れ、きれいなこと。木の柱や梁(はり)を壁の中に隠さず、無垢(むく)材を表に出して使うことで、紀州材の良さが生かされます。これからも森を育て、紀州材にこだわり、国内の林業の発展に貢献していきたいと考えています」
50年以上の長いスパンで行う育林業と、急速な変化に対応していく製材業とのバランスをうまく取りながら、山長は紀州材という山の恵みを人々に届ける。
プロフィール
社名:株式会社山長商店
所在地:和歌山県田辺市新庄町377
電話:0739-22-2605
代表者:榎本長治 代表取締役会長
創業:江戸中期(寛延3年頃)
従業員:約80人
※月刊石垣2018年6月号に掲載された記事です。
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