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テーマ別企業事例 技術と新発想で市場を生み出す スポーツを支える地域企業の技術力

事例3 国内唯一の競技用ボート製造で競技普及とものづくり文化を推進

桑野造船(滋賀県大津市)

桑野造船は、明治元年に創業してから競技用ボートを一貫してつくり続けている。従業員の3分の2がローイング(ボート)スポーツの経験者という肌感覚と長年培ってきた製造ノウハウで、自社ブランドをはじめOEMで世界トップブランドを支える。卓越した技術力は他分野にも応用され、造船技術へのフィードバックも上々だ。

艇庫には出荷間近の競技用ボートが並ぶ。最長約17mにわたる船体は高級自動車が買えるほどの価格。梱包(こんぽう)・出荷にも細心の注意が払われる

日本のボート競技をけん引したパイオニア

中世は水運の拠点として栄えた滋賀県大津市北部は、琵琶湖の西岸に位置し、近江八景の一つとして名高い浮御堂(満月堂)の「堅田の落雁」があることで知られる。そこから北西へ車を走らせること約20分の距離に緑豊かな産業団地、山百合の丘が広がる。その地に桑野造船が本社・生産機能を移転したのは今から3年前、平成26年のことだ。

「社長に就任した2年目に移設しました。生産効率の向上や生産環境改善のため、先代社長と相談しての決定です」

敷地約3000㎡に3棟の工場が建ち並ぶ新拠点。その完成を目にすることなく他界した先代社長の遺志を継ぎ、七代目代表取締役社長となった小澤哲史さんは、穏やかに語り始めた。

同社は明治元年に創業し、8年には早くも競技用ボートの製造に着手した。全国の学校行事としてボート競技が盛んになった明治末期にはモーターボートも生産し始めた。大正末期には国内二大造船所の一つとして、ヨットやモーターボートの輸出も行っていたという。

そして現在、海外の競技用ボートを輸入販売する企業は国内に数社あるが、自社開発・製造しているのは同社一社のみだ。

「国内唯一ですが、そのプライドはおごりになるリスクがあります。国内での製造競争がない分、今のシェア率を維持しつつ世界基準のものづくりが問われます。ボートと各種パーツの開発生産、海外ボートの販売代理、修理やメンテナンスなど、『桑野に頼めば何でもそろう』を目指しています」と、150年以上続く歴史にも、国内トップメーカーという地位にも、甘んじることはない。

コンマ以下の領域で技術のしのぎを削る

競技用ボート製造の多くの工程が手作業で、分業によって一艇一艇丁寧につくられている。一人艇のシングルスカルから8人のこぎ手とコックス(舵手)からなるエイトまであるが、シングルスカルでも製造には約2週間はかかるという。船艇の水抵抗をどこまで減らせるかが命題で、艇幅はレジャー用ボートよりはるかに細く、厚みは数ミリしかない。そのため、厚みが1㎜変わるだけで船体の硬さが大きく変わり、柔らかいほどスピードは出にくく、硬いほど選手の体へのダメージは大きい。ボートの品質には、ハンドメードとテクノロジーの〝合わせ技〟による、精緻な技術力が求められる。

同社はそれを生産一貫体制で追求し、購入したボートの修理や出張メンテナンスにも柔軟に対応するなどして信頼を勝ち得てきた。世界ブランドである中国のウィンテック社とも、艇の開発・品質改善において、緊密な協力関係を結んでいる。つまり、同社がつくり出す競技用ボートは、海外トップの海外艇と渡り合える品質レベルだと言っても過言ではない。だが、現実は厳しいと小澤さんは苦笑する。

「世界に目を向ければ、桑野の名は一部のマニアしか知りません。世界のトップクルーが愛用しているのはドイツ製であり、イタリア製です。そこに食い込むのは今の段階では難しいといえます」

ローイングスポーツが盛んな欧米には造船会社は多くあり、同社の年間出荷艇数約200〜300艇のうち、自社艇は半分以下の現状では時期尚早と捉えているからだ。また、国内での受注競争も容易ではない。インターハイ、国体のボート競技は自艇ではなく、規格の定まった艇を開催地が準備する配艇制度が採用されており、入札方式で決まる。入札は品質よりもコストが重要視される傾向にある。選手の体格に合ったオーダーメード、きめ細やかなアフターケアを強みとする同社より、安価な輸入ボートの販売メーカーがどうしても有利になってしまうのだ。

他分野への技術提供、ボート競技の啓発に注力

世界市場に打って出ようと大上段には構えず、無理なコストダウンも図らない。独自の多角的な事業戦略で荒波を迂回(うかい)する。例えば、ロンドン・リオオリンピックのオフィシャルサプライヤーにウィンテックが名を連ねた実績を踏まえ、東京オリンピックでも船艇のメンテナンスを担当するチャンスを狙う。また、国内の受注競争もコストダウンで対抗するのではなく、販路を他分野へ広げる。繊維強化プラスチック(FRP)による造船技術で、シューズメーカーの足型測定器のFRP化を実現させ、FRP製品全般の補修にも広く門戸を開いている。他にも木材加工や塗装にも幅広く対応するなど、工場の稼働率を上げると同時に、他分野のものづくり経験が造艇技術に還元、向上されることを心掛けている。

「本業は競技用ボートの生産ですが、他分野への技術提供が社会貢献につながるとも考えています。また、ローイングスポーツの競技人口は国内全体で9000人と、人気が盛り返してきているラグビーの競技人口の10分の1にすぎません。裾野を広げる必要性を強く感じています」

そう語る小澤さんは、個人的にも日本ボート協会の安全環境委員会アドバイザーとして「ローイング安全マニュアル」を執筆・編集。危機回避、対処できる安全力向上にも注力している。障がい者漕艇(そうてい)選手の指導にも携わるなど、ローイングへの関わりは深く、多彩だ。国内外のローイングスポーツと自社の未来を重ねる。世界トップクルーから指名されるブランド力を身に付けるべく、桑野造船という船をこぎ続けていく。

プロフィール

社名:桑野造船株式会社

所在地:滋賀県大津市山百合の丘10-1

電話:077-598-8090

HP:https://k-boat.co.jp/

代表者:小澤哲史 代表取締役社長

従業員:15人

※月刊石垣2017年9月号に掲載された記事です。

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