事例3 伝統技術を受け継ぐ中小企業が連携
SUSANOO(島根県安来市)
平成25年10月、島根県安来市に出雲神話の連想から名付けられた「SUSANOO(スサノオ)」という航空機部品の共同受注体制確立をめざす中小企業グループが誕生した。特殊鋼関連産業を発展させることで地方創生の一翼を担おうとしている。
地域の期待を背負う
中国山地は良質の砂鉄と豊富な森林資源に恵まれ、「たたら製鉄」といわれる和鉄の精錬法が発達。江戸時代の後半から明治にかけて国内の鉄、中でも玉鋼では有数の産地だった。安来市は、この鉄生産地帯の一角にあり、鉄の積出港として栄えた歴史を持つ。だが、明治の中ごろになると、近代製鉄法が普及。次第に「たたら製鉄」は衰退していく。危機感を抱いた地元のたたら経営者などは明治32年、この地に近代的機能を備えた雲伯鉄鋼合資会社を設立した。その後、組織や名は変わったものの、技術と伝統(精神)は今も特殊鋼メーカーに引き継がれ、市内には特殊鋼の加工技術を持つ中小企業が数多く存在している。
島根県は安来市をものづくり産業における代表的な産業集積地と評価する一方、急速な円高が招いた経済環境の悪化や新興国の台頭による国際競争力の低下を懸念していた。そこで23年8月、産学官+金(金融機関)が参加する「島根特殊鋼関連産業振興協議会」を設置。そして24年7月、協議会に所属する航空機産業に参入を目指す企業を中心に航空機ワーキング・グループを設立し、翌25年10月材料評価試験に高い技術を持つキグチテクニクスと、機械加工の出雲造機、ナカサ、秦精工、ファデコ、守谷刃物研究所と松江市の馬潟工業の7社が集まり、企業連携グループ「SUSANOO」を立ち上げたのだ。
昨年7月に発表された県の『島根県総合戦略(骨子)』では、「SUSANOOの活動を支援し、航空機産業等への参入を目指す」と明記されている。さらに市も10月に公表した「総合戦略案」で「『ものづくり企業』における新製品、新技術等の開発や取引拡大に向けた取り組みを支援し、地域経済の健全な発展と雇用の促進を図る」と宣言した。まさにSUSANOOは、島根における地方創生の「牽引(けんいん)役」を任されたともいえる。このプロジェクトの中核を担うのが安来商工会議所の木口重樹会頭が社長を務めるキグチテクニクスだ。
一貫受託体制をつくる
キグチテクニクスはもともと、特殊鋼大手企業から金属材料を顕微鏡で検査する際の試料の研磨を行っていた。しかし、その高い技術力を生かし、やがてテストピースの加工や精密鋳造品の加工なども受注。順調に成長していった。
しかし、与えられた仕事をこなすだけでは将来の展望が描けない。木口さんは、14年に下請け体質からの脱却を目指してテストピースの割り出し、加工、試験までの各業務を自社で一気通貫で行えるよう大きく舵(かじ)を切る。しかし、この分野では、発注元が業務ごとに別々の専門企業に依頼するのが普通で、一貫受託型ビジネスモデルを採用している例はほとんどなかった。そのため、このビジネスモデルは発注者、受注者ともにメリットがあることは明らかだったものの、門前払いの状況が続いた。
そこで規格認定を取得して第三者の評価を得ることに全力を注いだ。木口さんは規格取得の専門業者に依頼せずに自社内にプロジェクトチームを設置。社内環境の整備と必要機材を積極的に導入し、15年に「ISO9001」「ISO14001」を取得した。続いて21年にISO9001を航空宇宙産業の要件が盛り込まれた「JISQ9100/ISO9001」に格上げし、翌22年には試験所を認定する「ISO/IEC17025」も獲得。さらにボーイング、エアバス、三菱重工、GEなどの航空宇宙関連大手が参加する国際的な認証制度「NADCAP」(ナドキャップ)という難易度の高い認証の取得までパスしている。「認証を維持するために毎年、大変なコストが掛かりますが、これらの認証は、取得企業に航空機産業に参加できるだけの力があると認めたにすぎず、それで仕事が来るわけではありません。ただ各企業が独自に定めた認定を取得しなければ相手にされない。土俵にも立てないのです」(木口さん)
そこで26年10月、航空機エンジンで世界最大手のGEから「GE S-400」という材料評価試験の認証を取得した。これでGEに部品を納める大手重工メーカーから試験業務の発注が受けられることはもちろん、GEからの直接受注が可能になったのだ。
木口さんが下請け脱却のために自社で実践したことは各認証の取得も含めた一貫受託体制の確立だ。これがビジネスの幅を広げ、社員にも自信を与えた。だからこそ、SUSANOOでも企業の垣根を越えて認証取得の推進と一貫受託を目指している。そのために、技術カテゴリーを網羅し、最新設備の積極導入を推進しているのだ。
安来から技術力を発信する
現在はまだ基盤づくりの段階だ。高度な安全性が求められる航空部品取引に欠かせない品質管理の国際認証の取得や、それを実現するための設備投資、国際的なビジネス商談会への出展などを主に実施している。しかし、SUSANOOの二つの本来の目的を忘れているわけではない。一つは、今後、成長が見込まれる航空・宇宙分野に焦点を合わせて共同受注体制を確立し、その上で、SUSANOOが素材の試験から完成品の納入まで一貫受託でできることをアピールし航空部品のサプライチェーンに食い込んでいくことだ。
そしてもう一つは、優秀な人材を確保すること。松江工業高等専門学校の生徒・教員に授業の一環としてメンバー企業で受け入れ、生徒への実習支援などをしている。「何をするにも最後は人ですから」(木口さん)と人材確保・育成に向けても努力を怠らない。
安来商工会議所の会頭として、また、SUSANOOの会長として、木口さんは、自信を込めてこう言う。
「5年、10年という長期スパンで見たとき、この『SUSANOO』というプロジェクトは、島根の中小企業が持つ、高い技術を発信する素晴らしいものになると確信しています」
地域の中核企業が自社で培ったノウハウを惜しみなく提供して意欲ある地元企業とともに世界に打って出る。仕事を呼び込み、雇用を生み出す。そのための人づくり。SUSANOOがつくり出す正のスパイラルが地域に勇気を与えている。夢は大きく広がる。この夢に向かってSUSANOOの挑戦は続く。
会社データ
問い合わせ先:SUSANOO事務局(安来商工会議所内)
住所:島根県安来市安来町879
電話:0854-22-2380
代表者:木口 重樹 キグチテクニクス代表取締役社長
参画企業数:7社
※月刊石垣2016年1月号に掲載された記事です。
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