事例3 楽しい、おいしい酒を追求し、新ブランドで大躍進の追い風に乗る
林本店(岐阜県各務原市)
100年の歴史を誇る酒蔵の五代目当主として、平成19年に林里榮子さんが就任した。幼少より家業を継ぐことを意識し、男社会といわれる日本酒業界に飛び込んで孤軍奮闘し続ける。酒の品質改良、販路拡大に奔走し、24年3月には念願の新ブランド「百十郎」を立ち上げて、全国から海外へ。〝いい酒〟へのチャレンジ精神に、熱い視線が注がれている。
「来週から社長になれ」といきなり五代目当主に
難読地名の一つ、岐阜県各務原(かがみはら)市は、濃尾平野の北部に位置する。航空自衛隊の基地や三菱重工などの航空機関連企業も多く、時折、航空機の轟(ごう)音が鳴り響く「飛行機のまち」だ。古くは中山道の宿場町をつなぐ「間の宿」として栄えた、その地に林本店はある。創業は大正9年で「日乃出屋醸造」という屋号を掲げ、陸軍御用達の日本酒「征空」を筆頭に、多いときで2000石(20万本)の売り上げがあったという。
だが、ときは流れて四代目のころには日本酒の生産量は大幅に減少し、醸造業の売り上げは全体の1割にとどまり、卸売業、業務用酒販店を9割とした経営に切り替えていった。
「来週から社長になれ」。平成19年のある日、突然、父親である四代目からそう言い渡されたのが、五代目当主の林さんだ。引き継ぎも一切なく、林さんも周囲も驚きを隠せなかった。
「幼いころから誰に言われるでもなく、家を継ぐことは意識していました。就任の5年前から働いていましたが、それにしても来週って」と当時を振り返って笑う。東京農業大学醸造科に入学し、4年連続で特待生に選ばれ、研究論文では全日本農会賞に輝く。卒業後は大手ビール会社の営業職として5年間働いた後に家に戻り、「子育てしながらでも会社に貢献できることを」と、ネット販売事業を立ち上げるなど、販売網拡大に努めた。「いずれは……」と思っていたものの、19年の就任は、自他共に青天の霹靂(へきれき)だった。
新ブランド立ち上げで起死回生を狙う
「何度、蔵を畳もうと思ったか分かりません」
引き継いだときには、すでに会社は赤字経営に陥っていた。このままではダメになる。それでも変わることに社内外でなかなか賛同を得られず、ときには年上の社員に胸ぐらをつかまれたり、杜氏(とうじ)が辞めたりと足並みはなかなかそろわない。地元の酒販店には酒蔵として見てもらえず、酒販店としての価格競争も厳しい。
それでも酒蔵として勝負したいと、県外の酒問屋や酒販店を1軒1軒、しらみつぶしに連絡してスーツケース一つで新規営業に駆けずり回った。当時は創業者の名を冠した「榮一」が代表ブランドで、それを売り込むことで蔵元としての知名度を高めようと画策していた。だが、赤字脱却からは程遠い。林さん自身も、「もっとストーリー性があって、何より自分自身がほれ込んだおいしいお酒をつくり、伝えていきたい」と、新ブランド立ち上げに本腰を入れていく。
そして24年3月に誕生したのが「百十郎」だ。地元の新境川の両岸に染井吉野を1200本寄付した歌舞伎役者・市川百十郎の名をとったもの。この地は、「日本さくら名所100選」に選ばれた桜の名所で、毎年20万人もの花見客でにぎわう。
「百十郎桜の木の下で、楽しく、おいしく、お酒を酌み交わす情景になぞらえて、うちの百十郎も後世に語り継がれる名酒として育てていきたい」と、自信作に営業にも拍車が掛かった。ラベルデザインも林さん自らが考案し、純米酒、純米吟醸、純米大吟醸とラベルの色柄を変え、「赤面」「黒面」と愛称で呼ばれやすいように工夫した。そして、ある人物との出会いが、さらなる躍進につながる。
常にチャレンジし続け話題性ある美酒をつくる
それが技術者育成アドバイザーの佐藤俊二さんだ。長年、秋田の酒蔵で杜氏を務めてきた。林本店の蔵人(くらびと)が秋田県へ研修に行くなど、かねてから林本店と秋田とは交流があった。出身大学が同じという縁もあった。「杜氏を引退して、家業の農業の再構築中だった2年前に相談されました。社長の酒づくりへの熱い思いや、小さな酒蔵だからこその可能性、そしてこの蔵はきっと化ける。そんな勘も働きました(笑)」(佐藤さん)
強力な味方をつけ、林さんは酒質の再現性を高めることと流通網の確保を2大柱に、佐藤さんと酒づくりの根本を見直す。自らも杜氏として蔵人と共に働き、頭ではなく五感を使って酒づくりに触れ、特に蒸米の出来が、清酒の完成度を大きく左右させることを肌感覚でつかんでいった。
その甲斐(かい)あって、佐藤さんとタッグを組んで初めてつくった27年の新酒「百十郎 純米吟醸 無濾過(ろか)生原酒 白炎」は、飛ぶように売れた。飛躍的な酒質向上で、2日で3000本を売り切り、急遽(きゅうきょ)タンクを増やして6タンク分が完売する快挙を成し遂げる。
「もちろんPRも積極的に行いました。ハガキやファックス、メールやブログ、フェイスブックなどを使って、発売前からおいしい酒をつくっているワクワク感も伝えていきました」(林さん)
昨年4月400石だったときに掲げた目標の1000石達成は、来期で970石と目前に迫る。「こんな短期間で伸びた蔵はない」と、ある東京の問屋に言われたそうだが、林さんは「売上に一喜一憂する毎日です。昨年は原点回帰、今年は第二次創業をテーマにようやく黒字に転じたばかり。常に話題性のある酒蔵として試行錯誤を続けています」と、百十郎を携え、林本店の看板を背負い、大革新の真っただ中で全国を駆け巡る。
会社データ
社名: 株式会社林本店
所在地:岐阜県各務原市那加新加納町2239
電話:058-382-1238
代表者:林 里榮子 代表取締役社長・五代目当主・杜氏
従業員:15人
※月刊石垣2016年11月号に掲載された記事です。
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