殻を打ち破れ! ビジネスの先行きが不安定な状況に負けることなく起業した若い経営者、代を継いだ若い経営者たちが挑む新たな戦略をリポートする。
事例1 「ないなら自分がつくる」の発想で新たな市場を切り開く
イズム(千葉県松戸市)
日本で唯一の大型ポップコーンマシンメーカー、イズム。社長の飛田秀幸さんが、「海外製のものしかないなら、私がつくる」と25歳で起業した会社だ。日本では市場規模が小さく、海外製品との価格差も大きいというハンデを、独自の販売力とメンテナンス体制により乗り越え、現在では海外展開も視野に事業拡大を続けている。
20年前、日本で稼働しているマシンは全て海外製だった
テーマパークや遊園地、映画館など、アミューズメントの場を盛り上げる食べ物として、まず頭に浮かぶのはポップコーンではないだろうか。最近では定番の塩味のほか、キャラメル、いちごミルク、蜂蜜、カレー、バターしょうゆなどさまざまなフレーバーが登場しており、行列ができるほどの人気を博している。ところが20年ほど前までは、日本で稼働している大型ポップコーンマシンは全てが海外製だった。日本で唯一その製造を手掛けている、イズムの飛田社長はこう振り返る。
「当時、私は機械のメンテナンス会社でアルバイトをしていました。いろいろ扱っていた中でも、食品加工機械は食用油を使うため、ほかの機械とは違う汚れ方をするし、臭いも付くのでメンテナンスが大変なんです。特にポップコーンマシンは故障が多くて社員は誰もやりたがらず、押し付けられているうちにいつの間にか私の担当にされてしまって……。そこでどうせやるならきちんと勉強しようといろいろ調べているうちに、日本で大型ポップコーンマシンをつくっている会社は一つもないことに気付きました。『それなら自分でつくっちゃおうか』と思い立ったわけです」
平成6年、飛田さんは個人会社を立ち上げ、機械メンテナンスを請け負う傍ら、ポップコーンマシンの製作に乗り出した。試作するにあたって飛田さんが目指したのは、安全で、壊れにくく、焼成スピードの速いマシンだ。
「すぐに故障する海外製品と差別化を図るには、安全で壊れにくいことが大前提でした。また、当時のマシンは原料の豆を投入してから焼き上がるまでに5分ほどかかっていたので、少しでも早くお客さんに提供できるようにすることも大きなポイントでした」
製造過程では、ポップコーンを焼く鍋の製作に手こずった。鍋の材質や形状、ヒーターの選定や配置など、少し変えただけで熱伝導が変わってしまう。全部が均等に膨らまなかったり焦げてしまったりと、仕上がりを大きく左右するのだ。それらの最適なバランスを見出し、ようやく1号機が完成するまでに4年の歳月を費やした。
直販と保守のセット契約で海外製品との価格差を縮める
そもそも日本国内で大型ポップコーンマシンがつくられてこなかった理由は、市場規模の小ささにある。たとえ開発しても販売先が限定的なため、おのずと販売数も限られてくる。さらに1台当たりの価格が高額になれば、短いスパンでの買い替えも期待できず、コストの回収が難しい。
「当社製品は品質や性能には自信がありましたが、当初は量産体制が整っていなかったので、海外製品との価格差は3倍以上もありました。これでは勝負になりません。そこでまず、販売に当たっては代理店を通さず直販することにしました。これでかなりコストを抑えることができます。さらに、保守契約を結んでもらうことを販売の条件にしたんです。毎月一定額を支払ってもらう代わりに、メンテナンスを全て引き受ける仕組みです。いくら丈夫で壊れにくいとはいえ、故障しないとは言い切れません。これにより販売先は修理にまつわる煩雑さやコストから解放され、当社としても販売後に定期的な収入が見込めます」
飛田さんが保守契約にこだわった理由はほかにもある。知らぬ間に製品が転売されたり、販売先が倒産したりすることもありうる。目の届かないところで社名の入った製品が故障し、事故を起こすようなことがあっては取り返しがつかない。また、同社の技術の詰まった製品内部を、他社に見られたくないという思いもあり、売りっぱなしにしたくなかったのだ。
「最初は保守契約なんて生意気かなとも思ったんですが、新規参入の会社が一から販売先との信頼関係を築く上で最良の方法となりました。しかも、予期せぬ副産物も得られたんです。定期メンテナンスで販売先に伺い、何気なく話した中に、新製品のアイデアやヒントが隠されていることが少なくありませんでした。実際にポップコーンウォーマーやバターのディスペンサーなどを新たに開発しましたし、販売先の要望に合わせて、さまざまなデザインのポップコーンカートもつくりました。そうしたニッチ商品に対応できるのも、当社の強みです」
海外への販路拡大と一般向け製品開発が今後の目標
同社の製品は徐々に販路を広げ、現在テーマパークや野球スタジアム、複合型映画館(シネコン)などにも置かれている。シネコンへの導入の際には価格がネックだったが、22年に完成した3号機は1号機の3分の1まで抑えることに成功し、国内に約300カ所あるシネコンの約2割のシェアを確保するまでに至った。また、改良により消費電力を海外製品の約60%まで低減し、ポップコーン焼成時間も1回に付き90秒と大幅に短縮するなど、さまざまな性能アップも果たした。
「今考えているのは、鍋の材質をアルミからステンレスに変えられないかということです。アルミは熱伝導率がいいので、焼成時間や焼き上がりの面で好都合なんですが、ステンレスの方が焦げを落とす薬剤の種類が多いので、メンテナンスが楽なんです。そこでステンレスでもアルミ並みに速くおいしくつくれるように、研究を進めているところです。新機種を早く完成させて、5年以内にシネコンのシェアを5割以上に引き上げたいと考えています」
さらに飛田さんは、海外進出も視野に入れている。すでに中国などから引き合いが来ているそうだが、まだ現地でメンテナンスを任せられる人材を確保できていないため、国内外での技術者の育成や現地企業とのタイアップ、海外営業所の設置などを進めていく予定だという。
「起業して20数年が過ぎました。これまでずっとBtoBの製品開発をしてきましたが、今後は広く一般ユーザー向けの製品もつくっていきたい。例えば、おもちゃ感覚で遊びながらつくれる家庭用ポップコーンマシンとか。実用性があるとはいえないし、決して安くもないけれど、家に置いておきたい〝お気に入り〟ってあるじゃないですか。実は、私自身もそういうものが大好きなんです。今後はそうしたBtoCの製品開発にも力を入れて、今までとは違う市場を切り開いていきたいと思っています」と今後の展望を楽しそうに語ってくれた。
会社データ
社名:株式会社イズム
所在地:千葉県松戸市松飛台241-1
電話:047-389-2621
代表者:飛田秀幸 代表取締役
従業員:18人
※月刊石垣2016年11月号に掲載された記事です。
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