事例4 綿畑のある風景の再現から地域ブランドのベビー服へ発展
大和高田商工会議所
「奈良さくらコットンプロジェクト」推進メンバー(高井ニット、ハヤシ・ニット、パドック)(奈良県大和高田市)
江戸時代の「大和木綿」の伝統と明治のころから蓄積してきた繊維工業の技術を生かして、奈良県大和高田市に「奈良さくらコットン」という新たな綿ブランドが生まれた。有機栽培にこだわったコットンの優しさはまず子どもたちの肌で感じてほしいと、ベビー用品分野への進出を果たした。
復活した国産綿で何かつくりたい
雨量が少ない大和盆地に住む大和高田の人々は江戸時代、稲作と交代で栽培できる作物を探し、綿を選んだ。大和の繰り綿(種を取り除いた綿)は「和州第一之売物」(和州は大和)として全国的に有名になり、やがて染め織物「大和もめん」へ発展した。
明治になって地元資本で大和紡績工場を設立、買収されて大日本紡績高田工場となり「ニチボー」(現ユニチカ)の名で親しまれた。しかし日米経済摩擦の影響で工場は昭和52年に閉鎖され、綿の栽培も全国的に衰退し、「綿は外国から買うものになった」と大和高田商工会議所にぎわい大和高田推進課長の森田美穂さんは説明する。
それからおよそ30年後の平成18年、綿栽培復活の話が持ち上がった。「会員の皆さんと、大和高田が商工業のまちとして発展してきた歴史を振り返り、地域おこしをと考えていたときに、綿がシンボルになることに気が付きました。国内ではほとんど見られない、綿畑のある風景を再現しようという話がまとまりました」
市役所近くの畑を「わったーらんど」と名付けて、化学肥料や農薬、除草剤、殺虫剤を使わない、完全なオーガニック(有機)栽培と手摘みにこだわった綿の栽培が始まった。当初は「生産コストが高いので、商品をつくることは考えていなかった」というが、この事業の立ち上げから推進リーダー役の前副会頭(酒本産業会長)の酒本昌彦さんから毎年たまっていく綿を見て「何かつくりたい」という声が上がり、ハヤシ・ニット社長の林輝一さんが賛同した。
綿の生産量が少ないため、いろいろな商品をつくることはできない。そこで完全オーガニック栽培、加工時に漂白・防縮加工・柔軟剤などの化学処理をしないことによる安心感、触ると分かる肌に優しい柔らかさという特徴を生かして、ベビーとマタニティー用品に絞ることにした。
23年に東京で開催された商談会「ベビー&キッズEXPO」に出展したところ、売価も設定していない参考展示にもかかわらず、「取引したい」という声が掛かった。翌年、「東京インターナショナル・ギフト・ショー」に出展して世界文化社の『家庭画報』通販サイトでの試験的な販売が始まり、並行して商品開発が続けられた。ユニークなのは市立病院の看護師をモニターに選んだところである。「ここの看護師さんたちは患者さんを顧客と位置付け、マーケティングの勉強をしているくらい前向きなのです。また育児休暇を取って子どもを育てている人も多いので、いろいろな意見をもらいました」
病院で開かれた患者さん向け展示会にも出展したところ、京都伊勢丹のバイヤーの目に留まり、25年6月から百貨店での販売が始まった。高級ベビー服と百貨店の相性は抜群である。
分野の異なる市内の繊維会社が協力
素材となる綿の栽培は前会頭(大和ガス社長)が呼びかけたOB「ガス燈会」のメンバーや、地域貢献を願う人々が担う。商品の生産は「丸編み」は林さんが担当、そのほか、「横編み」に高い技術を持つ髙井ニット社長の髙井準雄さん、「カットソー」を主に手がけるパドック社長の福田保夫さんが受け持っている。
髙井ニットは海外のハイブランド商品も数多く手掛ける一方で、「COTOYUI」という自社ブランドを27年から立ち上げる。編み立てから縫製まで、注文を受けてから一着ずつ丁寧に仕上げた製品を提供している。
ハヤシ・ニットは「着る健康」を旗印に多くの特許を持ち、健康保温肌着、医療用サポーター、健康靴下、タイツの企画・製造・販売をしている。OEMではなく自社製品にこだわり、機械設備にも独自の改良を加えて高品質の製品を生産している。
パドックは、ベビーのお宮参り専門メーカーとして創業。7年からオーガニックコットンを使用したベビーウエアを手がけている。オーガニックコットンは繊細な素材のため、豊富な経験と細やかな縫製技術が求められ、その経験が「奈良さくらコットン」製品に生きている。
価格競争ではなく〝安心感〟が強み
とはいえ「奈良さくらコットン」の知名度はまだ低く販売数量も少ないため、経営の視点ではもうかるものではない。それでも参加したのはなぜか。林さんは、「大和高田で栽培から生産まで一貫して行えることと、繊維という業種は同じでも技術が異なる会社がたくさん集まっていて、いろいろな商品を生み出せるところが魅力」と話す。
しかも、「栽培から生産、販売まで商品に関わっている人の顔が見える形で活動している安心感が強み」と髙井さんは言う。「ベビーとマタニティー用品に特化しているので安心・安全性を大切にしています。一方で強みを残しながら、商品の種類の増加や、販売ルートの拡大が課題です」
また福田さんは「肌に優しい素材という特徴を生かして、女性のインナー(肌着)を考えています。価格競争の激しい分野ですが、素材の説明をきちっとすることで差別化が図れれば、価格競争には巻き込まれないと思っています」
そこで商工会議所では販売ルートの開拓だけでなく、知名度を上げる方策を検討している。その一つが「グッドデザイン賞」への挑戦だ。「無農薬手作業でコットンを栽培、商品を生産して販売するという無形のシステムも賞の対象になるということなので狙います」と森田さん。受賞発表の9月29日は「奈良さくらコットン」が世界に知れ渡る日になるだろうか。
会社データ
社名:髙井ニット株式会社
住所:奈良県大和高田市出31番地
電話:0745-53-0766
代表者:髙井準雄 代表取締役
従業員:12人
会社データ
社名:株式会社ハヤシ・ニット
住所:奈良県大和高田市東中2-11-22
電話:0745-22-2521
HP:https://www.vivielbo.co.jp/
代表者:林輝一 代表取締役
従業員:70人
会社データ
社名:パドック株式会社
住所:奈良県大和高田市曽大根2-7-18
電話:0745-23-1828
HP:http://www2.mahoroba.ne.jp/~paddock-info/
代表者:福田保夫 代表取締役
従業員:5人
※月刊石垣2016年7月号に掲載された記事です。
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