将来の事業存続に課題や悩みを抱えている企業は非常に多い。特に親族に後継者がいない中小企業の悩みは深い。承継問題を先送りすることは、取引先との信用問題、従業員の雇用不安へとつながりかねない。今号は、後継者選び、M&A事情など、最新の事業承継の事例をレポートしていく。
総論 ポイントは〝誰が〟〝何を〟〝いつ〟を決めること
松本 誠一氏/近畿大学経営学部キャリア・マネジメント学科 准教授
中小企業は、いつから事業承継を考え始めるべきなのか、承継にはどのような形があるのか、何をすればいいのか──などについて、企業・業界分析、知的資産経営、組織間関係などをテーマに研究をしている近畿大学経営学部キャリア・マネジメント学科の松本誠一准教授に話を聞いた。
まず考えるのは3つの「W」
──まず最初に、中小企業の場合、事業承継はいつから考え始めるべきなのでしょうか?
松本 いつからというより、できるだけ早くからというのが原則です。経営者の重要な役割の一つが後継者を育てること。企業が持続的に成長していくためには、自分にもし何かあった場合にはいつでも誰かにバトンタッチできるくらいにしておかなければいけません。事業承継にはどの企業でも5〜10年かかります(表1参照)。ですから、自分が事業を受け継いだ時点で、もう次の後継者のことを考えておくべき。事業承継を考え始めるのに早過ぎるということはないのです。
ただ、実態はどうかというと、なかなかそうできていない企業が多い。表2を見ると分かるように、「後継者の決定の有無」という点において、経営者が60代になってもまだ後継者が決まっていないところが3割以上もある(中小企業基盤整備機構「事業承継実態調査」)。事業承継には5年以上かかることが多いことを考えると、ちょっと危機的な状況になっているわけです。これを見ても今すぐ事業承継の準備を始める必要があるということがお分かりいただけるかと思います。
──では、事業承継のためには、まず何をするべきなのですか?
松本 まず考える必要があるのは、5W1Hのうちの3つのW。一つ目は「Who」。「誰が」承継するか。親族なのか親族外なのか、親族ならそのうちの誰なのか。それを決めておかないと、経営者が亡くなったら親族みんなが手を挙げた、または逆に誰もやりたがらないなんていうことも起こり得ます。
二つ目は「What」。「何を」引き継ぐか。「何を」というのは、会社が持っている経営資源や資産のこと。それを把握しておく必要があります。事業承継は単なる財産の承継ではありません。お金や不動産だけでなく、「知的資産」という目に見えにくい会社の強み、経営資源も確実に把握しておかなければなりません。後継者が自社の強みは何なのか、社員の誰がどのような能力を持っているのかが分からなければ、経営を軌道に乗せていくことはできません。
最後に、「When」、「いつ」です。よくあるのが、先に「いつ」だけを決めて失敗するケース。「私は65歳になったら引退するんだ」と言うので、誰が継ぐのか尋ねると「まだ決まってない」と言う。また、「誰が」と「いつ」だけ決めておいて、その「いつ」の時が来たらいきなり承継させたというケースもあります。「何を」の部分が抜けていたら後継者は必ず戸惑います。そのため、「誰が」「何を」「いつ」承継するかをまず決めておくことが大切なのです。
周囲の理解も時間がかかる
──いまお話に出てきた「会社の知的資産」という目に見えにくい会社の強みというのは、具体的にはどのようなものなのですか?
松本 表3は「老舗の強み」についての長寿企業へのアンケート調査の結果なのですが、「老舗企業の強みは何だとお考えですか?」という質問に対し、「信用」「伝統」「知名度」「地域密着」「信頼が厚い」「顧客の継承」「技術の継承」が上位を占めています。つまり、これらが目に見えにくい会社の強み、経営資源なのです。老舗はこれらを多く持ち、それを上手に承継しているからこそ、長く生き残ることができているのです。
まだ後継者が決まっていない企業の場合、こういった自社の知的資産を可視化させて把握していくなかで、それを承継していくべき人物が見つかるということもあり得ます。「ウチの会社の強みはこれか」「あいつならそれを生かして会社をうまくかじ取りしていけるだろう」という形ですね。
──事業承継にはさまざまな形がありますが、代表的なものはどのような形のものでしょうか?
松本 事業承継は大きく二つの形に分けられます。その二つとは親族内承継と親族外承継。さらに、後者の親族外承継は従業員承継と第三者承継に分けられます。
親族内承継の場合、親族の中から後継者を選ばなければいけませんが、選びたくてもいないという会社が多い。厳しい経済環境で経営しているなかではなかなか息子に言い出せなくてといった理由でためらっているうちに、息子は他の企業で働くようになり、後継者がいなくなってしまったという状況になってしまうことも多いようです。
経営者に「では会社はつぶれてもいいんですか?」と聞いて、そこで「はい」と答える方はほとんどいません。当然、親族に後継者はいないが会社は存続させていきたいわけです。そのため、最近では親族外承継を選ぶ経営者も増えています。親族外承継には、後継者は従業員の中から優秀な人間を選ぶ形と、外部から呼ぶ形の二つがあります。
どのような形で事業承継するにせよ、もう一つ大切になってくるのが「周囲の理解」です。一人の経営者が長年やっていた中で働いていた従業員たちは、新しい経営者が来ることに不安を覚えます。
それは仕入先や得意先も同じ。新しい経営者が出てくると「先代の社長はこうやってくれた」という話が絶対に出てきます。そして、中小企業が一番頭を悩ませるのが「お金」です。特に新しい後継者に対する金融機関からの理解というのはとても重要になってきます(表4参照)。このように、事業承継で周囲の理解を得るにも、時間がかかるものなのです。
M&Aという選択肢
──近年は事業承継の一つとして、M&A(企業の合併・買収)が注目されています。この状況についてご説明ください。
松本 事業承継でM&Aが注目されているのは、先ほども申しあげた後継者不足が理由の一つに挙げられます。高度経済成長期に多くの企業が設立され、その時の経営者がいま高齢化しています。彼らが後継者不足に悩んでいることから、企業を存続させるためにM&Aの必要性が高まってきたのです。
ただ、自分の会社を合併・買収してくれる企業など、そう簡単には見つかりません。大企業や中堅企業であれば資金的な余裕もあるので、M&A仲介業者にお金を払って仲人役を頼むこともできますが、小規模企業ではなかなかそうはいきません。
そこで最近になって国が支援に乗り出しました。「事業引き継ぎ支援センター」が、後継者がいないというだけで企業をつぶしてしまうのではなく、その仲人役を務めようとしているのです。それだけで最適な企業が簡単に見つかるわけではありませんが、そこに相談することでM&Aに対する意識付けができるのではないかと思います。
──M&Aというと企業乗っ取りというイメージが強く、また、会社が自分たちの手から離れてしまうということから敬遠してしまう人もいます。
松本 M&Aについては、確かにネガティブなイメージを持っている人もいます。でも、そこで重要になってくるのが、さきほども出てきた「知的資産」の可視化です。実際に経営者も自社のその部分をつなげてほしいという人が多い。お金に換算しにくい部分を誰にでも分かる形にすることで買収先の企業に示すことができ、会社全体の価値を分かったうえで買収してもらえる。それをしないと、どうしても資産や不動産といった金額だけで買収価値が判断され、会社が乗っ取られるというイメージになってしまうのです。
事業承継を準備するなら、まずは先ほど出た支援センターや税理士さんに相談してみてはいかがでしょうか。特に親族内承継の場合、経営のことも分かっている税理士さんに相談役として入ってもらうと、第三者の意見を聞くことができていいと思います。
いずれにしても考えていただきたいのは、後継者がいなくて会社をつぶしてしまうよりは、他の人に引き継いでもらったほうが会社が生き残り、従業員も幸福になれるということ。経営者・創業者として感情的にはいろいろあったとしても、会社を続けてくれるところに引き継いでもらうのが一番いい形だと思います。
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