事例2 父とともに家業の可能性を広げた三人の後継者
清川メッキ工業(福井県福井市)
小型・軽量化に役立つ「ナノめっき技術」をはじめ、常に新しい表面処理技術を開拓してきた清川メッキ工業。創業50年を目前にした平成22年、創業者である清川忠さんが会長となり、長男が社長、次男が専務、三男が常務にそれぞれ就任、兄弟3人による経営体制へと移行を果たす。現在では、技術、品質、理念経営などの分野で賞を受賞する優良企業となった同社の事業承継について、清川卓二専務に聞いた。
三人の息子が相次いで戻る
清川メッキ工業は、電子部品、電鋳(でんちゅう)、粉体など幅広い材料へのメッキ表面処理を主事業とする。昭和38年、当時23歳の清川忠さんが起業を目指し、電話帳から市内で最もライバル会社の少ない業種に目を付けて創業。持ち前の器用さと、「できないとは言わない」をモットーに、50年代にはオートバイのリムの光沢アルマイト処理、60年代後半には家電やパソコンなどの電子部品を覆うメッキ加工で急成長を遂げた。
ところが、注文の急増に社員の採用や育成が追いつかず、人手不足に陥ってしまう。メッキ工場といえば「きつい、危険、汚い」の典型的な3K職場だけに、求人しても応募者がなかなか集まらず、採用してもすぐに辞めていく。社員一人ひとりの負担が大きくなってミスも増え、不良品が発生してクレームが来るという悪循環に陥った。それでも、技術力の高さから注文は増え続けた。
そんな混乱の中にあった平成3年に忠さんの長男の肇さんが、翌年に次男の卓二さんがそれぞれ勤めていた会社を辞め、同社に入社する。卓二さんはこう振り返る。
「会社の苦境を乗り越えるため、兄弟が相次いで戻って来る格好になりましたが、もともと兄に家業を継ぐつもりはなく、父にしても『後を継げ』と言ったことは一度もありません。もちろん、内心は継いでほしいと思っていたはずですが、身の振り方は自分の意思で決めるべきという考えでした。ではなぜ戻ったかというと、母が連絡してきたんです。『お父さんの具合が悪い』と。帰ってみれば父はピンピンしていたんですが(笑)」
否定をしないことが大切
卓二さんによれば、忠さんは自身の定年を70歳と決めていたという。そのころ肇さんは45歳になり、社長を譲るいい頃合いと考えたのだろう。息子への事業承継を見越して、忠さんが心掛けてきたのは〝否定しないこと〟だ。息子たちのやりたいことに耳を傾け、良いと思ったことは肯定し、いまひとつだと感じたことには「うーん」とあいまいな返事をする。兄弟はその反応を見て、忠さんの考えを察したという。
「人は否定されると嫌な気分になる。反発したり、我を張ったり、やる気を失ったりと、大抵いい方向には行きません。しかし、否定されなければ自分たちの意思で決め、責任を負いながら実践するため、自信も実力もつきます」
忠さんの指導の下、肇さんは大学院や大手通信メーカー時代に培った技術者としての経験を元に、不良品を出さないための検査体制づくりや、より精密な部品のメッキ加工技術の開発に力を注いだ。卓二さんも大手電機会社で積んできた製造や品質管理の知識を生かし、メッキ業界では日本初となるISO9001の取得に貢献。それまで職人技に頼ってきた加工工程をマニュアル化し、技術と品質の向上に取り組んだ。
これらの取り組みにより現場の混乱は収束。クレームは激減する。さらに、忠さんによる脱3Kの職場づくりが着々と進み、離職率も改善に向かった。平成9年には三男の忠幸さんが入社し、商社時代の経験を参考に新卒者の採用業務や人事の仕事を担当。兄弟3人がそれぞれの強みを発揮しながら、会社の立て直しを図るとともに新技術の獲得によって業績は回復していった。
創業者のモットーは継承し扱う分野は広く深く進化
忠さんは平成22年に、仕事の50%以上の新製品が息子たちや社員で立ち上げられるようになったのを機に、肇さんに社長の座を譲って会長となる。同時に卓二さんは専務に、忠幸さんは常務に就任した。「このころには会社におけるそれぞれの役割が確立していたので、ことはスムーズに運びましたが、そこまで来るにはいろいろありました。3人いれば、ときには意見や方向性が合わず2対1になったり、1対2になったり、1対1対1になることもあります。そんなとき父は誰の肩を持つでもなく、それぞれの話を聞きながらクッション役を務めていたように思います。そういうことを繰り返しながら、言うべきことは言うが互いの領分に踏み込みすぎない良い距離感を保てるようになりました」(卓二さん)
同社は、忠さんの貫いてきた「できないとは言わない」のモットーを承継。電子部品の小型・軽量化の流れの中で、肉眼では見えないナノ単位のメッキ技術を次々と生み出し、通信、医療、宇宙といった最先端技術分野に対応できるまでに進化を遂げている。その技術・品質・理念経営は各方面から評価され、今年に入ってから「福井県科学学術大賞」特別賞、「JABアワード」品質部門賞、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」中小企業庁長官賞などを立て続けに受賞した。
同社の事業承継がうまくいった秘訣(ひけつ)はどこにあったのか。卓二さんは笑顔でこう話してくれた。
「ありきたりですが、親兄弟の仲がいいことではないでしょうか。父を筆頭に現在18人の親族がいますが、父の日や母の日、誰かの誕生日など一堂に集まる機会を月1回のペースで設けています。こうして折に触れて顔を合わせる時間がいい関係を保ち、仕事でのコミュニケーションを円滑にしている。経営にもプラスに働いていることは間違いありません」
会社データ
社名:清川メッキ工業株式会社
住所:福井県福井市和田中1-414
電話:0776-23-2912
代表者:清川肇 代表取締役社長
従業員:242人
※月刊石垣2015年11月号に掲載された記事です。
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