3月中旬、ドイツで開催された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明で、保護貿易主義に反対する文言が取り除かれた。その背景には、米国のドナルド・トランプ大統領の〝米国第一〟の保護貿易主義的な政策があるといわれている。G20の会議の場で、トランプ大統領の経済政策の基本姿勢が鮮明化したといえるだろう。トランプ政権が考える保護主義とは、政府が積極的に産業を保護・育成し、輸出の増加によって経済成長を目指す考えだ。世界最大の経済大国である米国が保護主義的な政策に走ることにより、世界経済に大きな影響が及ぶことは避けられない。
実際に米国が保護貿易主義に走ると、通貨安競争、需要の囲い込みなどを通して、各国間の貿易競争が熾烈化(しれつか)し、その結果、世界経済は縮小均衡に向かう恐れがある。そうした展開を危惧し、G20ホスト国のドイツやわが国をはじめ主要先進国は、保護主義に反対を表明してきた。それにもかかわらず、G20の共同声明で保護主義に反対するとの文言が記載されなかったことは、各国が米国の意向に押し切られたことを意味する。もう一つ重要なポイントは、米国が輸出で稼ぐためには、自国通貨の減価=ドル安が有利になる。今回のG20の声明を受けて、世界の市場参加者は、米国が明確にドル安を重視し始めたとの認識を強くしたかもしれない。そうした動きは、今後の連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策運営にも影響を与えることも想定される。FRBはトランプ政権の経済政策の不確実性を勘案して、利上げに関してより慎重な姿勢を取ることになる可能性もある。それは、為替動向にも微妙な影響を与える。金融市場の参加者が、トランプ政権の保護貿易主義やFRBの慎重な姿勢を見ると、短期的にドルが弱含みの展開になることも考えられる。
さらに注目されるのは、トランプ政権の経済政策の実現のスピードだ。早いタイミングで米国政府がインフラ投資や減税を進めることができれば、米国経済の回復プロセスは一段と加速する可能性もある。しかし、最近、トランプ政権と議会との蜜月は終わりに近づいているとみられ、大規模な公共投資や減税の実施にはかなりの時間を要するとの見方が台頭している。投資家の間では、同政権の経済政策の早期実現には黄色信号が灯(とも)りはじめたとの指摘も出ている。それが現実味を帯びてくると、これまでのトランプ政権の経済政策に対する期待が大きく後退することになる。そうなると、トランプ大統領の支持率の低下につながったり、高値圏にある米国株価が調整局面入りする懸念がある。特に株価の調整は金融市場の投資家の心理を冷やし、経済活動の足を引っ張ることにもなりかねない。それは、米国経済の先行きに暗雲をもたらすことになるはずだ。
トランプ氏は、グローバル化への反感を抱く有権者の支持を取り込んで大統領に当選した。トランプ大統領が選んだ閣僚の中には、行き過ぎた保護主義を修正しグローバル化重視の政策を目指す者もいるが、これまでのところ、そうした穏健派の意見がなかなか表面に出てきていない。そうした状況が続くと、トランプ大統領とすれば、思い切った保護主義的な政策を打ち出すことによって、国民の支持を取り付けざるを得ないことも考えられる。仮にトランプ政権がそうした方向に進むと、まず考えられるのは為替市場でドル安傾向が鮮明化することだ。投資家の間でそうした見方が台頭すると、徐々にドルの上値は抑えられるだろう。今後、株式市場の下落などによって、これまでの期待先行で上昇した資産価格の調整が進んだ場合、価格変動率(ボラティリティー)の上昇を伴ったドル売りが進み、為替レートのレンジが切り下がる可能性がある。足元では、トランプ大統領への支持率も低下しているだけに、ドル安懸念を完全に払拭(ふっしょく)することは難しいかもしれない。
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