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真壁昭夫の経済底流を読み解く “パナマ文書”の波紋

〝パナマ文書〟が大きな波紋を投げかけている。パナマ文書とは、パナマの法律事務所であるモサック・フォンセカから流出した膨大な機密文書を指す。同事務所は英領ヴァージン諸島など、租税回避地(タックス・ヘイブン)に法人を設立する業務を代行してきた。実際の業務は、タックス・ヘイブンにペーパーカンパニー(資産保有などのために設立され、日常的な業務は営まない特別目的会社などを指す)を設立することだ。それ自体は必ずしも違法ではない。わが国で一般的に販売されている公募投資信託の中にも、英領ヴァージン諸島、ケイマン諸島などのタックス・ヘイブンに投資法人を設定しているものがある。それらは、監査法人などの社外監査を受け、各国が定める租税関連の規制を遵守している。マネーロンダリングなどに従事していないことも入念にチェックされている。

パナマ文書に関する問題点は、モサック・フォンセカが関与したタックス・ヘイブンでの法人設立に、違法なものが含まれていないかという点だ。同事務所の助言で、世界の著名政治家や富豪がタックス・ヘイブンを利用し脱税や資産隠しを行ったのではないかとの懸念が高まっている。また、違法でないとしても、政治家が租税を回避したことへの社会的批判は高まるだろう。 

パナマ文書の対象は過去40年間、1100万件以上と言われる。その中には、各国の首脳経験者などの政治家の金融取引に関する情報も含まれる。同事務所の顧客には、以前から脱税疑惑が指摘されてきた有名人もいる。各国政府も調査を開始しており、今後の分析次第ではこの問題がより大きくなる。特に注目されるのは、著名な政治家の名前が挙がっていることだ。

中国では、習近平国家主席をはじめ共産党幹部の親族が行ったとされる、オフショアの金融取引に関する記録が流出した。報道によると、中国の中央政治局常務委員会(共産党の最高意思決定機関)の現職、およびかつてのメンバーの親族の名前がパナマ文書に記されているという。ロシアでは、プーチン大統領の友人の名前がパナマ文書に記載されていた。プーチン大統領の不正取引への関与が疑われているがプーチン大統領はこれを強く否定している。事態の全容を把握するためにはパナマ文書の更なる分析を待つべきだろう。

アイスランドでは、グンロイグソン首相が同国の銀行が発行した債券に数億円程度を投資した際、英領ヴァージン諸島のペーパーカンパニーを利用していたことが発覚した。これを受けてグンロイグソン首相は辞任を表明している。また、ウクライナのポロシェンコ大統領、サウジアラビアのサルマン国王、アルゼンチンのマクリ大統領などの名前もパナマ文書に挙がっている。さらに、英国のキャメロン首相の亡父イアン・キャメロン氏の名前もパナマ文書に記載されていた。キャメロン首相は亡父が設立したパナマ籍のファンドを通して株式を保有し、利益を得たことを認めている。パナマ文書の発覚は各国の政治、経済に無視できない影響をもたらしていることが分かる。

すでに中国はパナマ文書に関する情報統制を敷き、ソーシャルメディアへの検閲を強化しているようだ。それは腐敗撲滅を掲げ、取り締まりを強化する主体である共産党への批判や反発を抑え込もうとする考えの表れにほかならない。景気減速懸念が強い中で中国の政治基盤が不安定になる場合、先行きの不透明感も高まる。それは世界経済の下方リスクを拡大させるだろう。

一方、英国世論の反応も重要だ。キャメロン首相はEU残留を主張している。世論は離脱と残留で五分五分の状況にある。その中でキャメロン首相に対する批判が高まることは、EU離脱への懸念を追加的に高め、ポンド安など金融市場の混乱につながる恐れがある。パナマ文書は、国民の政治に対する信頼を揺るがすことにもなりかねない。今後の展開を注視することが必要だ。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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