テーマ別企業事例 東日本大震災から7年 今、手を携えて販路拡大へ

事例2 "東方産"が売れる!サンマの港町、気仙沼から手づくり、無添加の佃煮を発信

ケイ(宮城県気仙沼市)

煮上がったサンマの佃煮。食欲をそそる甘く香ばしい匂いがふわりと広がる。サンマのカットから箱詰めまで一貫体制、全て手作業で行う

サンマ佃煮(つくだに)を製造販売するケイ。平成23年3月11日に起きた震災で工場が全壊しつつも、創業から25年続く自家製の佃煮をつくり続けている。震災後2つの圧力釜からまた始め、工場を仮設、移設しながら2年後の本工場の復活を目指す。

「津波に負けたくない」71歳からの再スタート

全国屈指のサマの水揚げ量を誇る宮城県の気仙沼港は、今なお震災の爪痕が残る。防潮堤工事、かさ上げ工事が至る所で行われ、港周辺は「まち」というより「工事現場」に近い。

だが、復興の兆しはある。手づくり・無添加のサンマの佃煮が評判の、製造販売会社ケイもその一つだ。震災による津波で工場は全壊、3階建ての自宅兼事務所は2階まで浸水。3階で親戚6人と約半年間過ごすという事態に見舞われた。

あれから7年、同社は仮店舗ながら事業を継続。さらに未来を見据えて新商品開発にも力を入れている。

「私、津波に負けたくない。そう思ったんです」

3月11日から停電していた電気が5月末に通り、部屋の明かりがパッとついたとき、気が緩んだのかポロポロと涙が流れた。その涙とともに、社長の菅原義子さんの口からこぼれた言葉だ。

それを受けて夫の啓さんが「またやれば」と背中を押した。幸い使える圧力釜が手元に2つ残っていた。佃煮の原材料を調達し、駐車場の一角に15坪ほどの仮設工場を建て、同年8月には水産加工の製造販売会社では、どこよりも早く再スタートを切った。

全国のファンからも「佃煮をつくってほしい」「また食べたい」というメッセージが届き、仮設だからと妥協することなく、震災前と変わらない味を提供し続けた。当時、菅原さんは71歳だった。しかし、できることをやり続けようと前を向いた。「子どものころから絵を描くのが好きで、描きためて金庫に入れてあった作品が無事だったことも励みになりました」と菅原さんはほほ笑む。

専業主婦から起業しものづくりの楽しさを知る

もともと同社は、菅原さんがつくるサンマの佃煮が評判となって平成6年に誕生した。

「『江戸の佃煮は固くて』というおしゅうとさんに食べてもらえる佃煮をつくったのがそもそもの始まりです」。その義父母を相次いで亡くした。マグロ船の網元に22歳で嫁いで30年以上、子育ても一段落した菅原さんは、自家製のサンマの佃煮が地元で評判だったこともあって、54歳で起業に踏み切ったのだ。そして起業した翌年に、ビッグチャンスが舞い込む。気仙沼漁業協同組合から、生サンマの宅配にサンマの佃煮を加えたいという依頼が入ったのだ。

「10パックぐらいかしらと思ったら1万パックというんです。1つ500円の商品でしたから、単純計算で500万円。やってみようと奮起して、圧力釜やフィルムパックできる包装機を買って、人員を増やして本格的な製造が始まりました」

これを機に事業は軌道に乗った。起業当初は「こんなの売れっぺかね」と冷ややかなコメントもあったというが、地元の売り出し市に出展すると飛ぶように売れ、まち一番の老舗の海産物店や、仙台のお弁当の大手製造販売会社などからも注文が入った。12年にはサンマの佃煮のみそ味が、全国水産加工たべもの展で大阪府知事賞を受賞した。5年後にはサンマの佃煮のしょうゆ味が同賞に輝くなど、快進撃が続いた。

「60歳を過ぎたころ、事業を畳む前に一度は挑戦してみようと、平成14年にモンドセレクションに応募しました。エントリーするだけでも当時は60万円もかかったので、個人年金から捻出してね。それで銀賞を取ったんです。でも、なぜ金賞じゃなかったのかしらと分析して、その答えが分かって次こそ! と思っていたときに震災に遭いました」

やりたいことを具現化して販路を拡大

震災後の再建に拍車をかけたのが、十数年前から出店し続けていた東京・目黒の「目黒さんままつり」だった。震災の年も声がかかり、9月の開催に間に合わせるべく、保健所の許可を取り、駐車場の一角での製造スタートとなったのだ。多くの人が思ったことをなかなか行動に移せない状況だったにもかかわらず、「大掛かりな機械を使わずできる、手づくりの佃煮だからできたこと」と菅原さんはさらりと語る。

その中で、菅原さんは佃煮づくりも、佃煮商品のパッケージやチラシ、紙袋のデザインをも自ら手掛ける。絵筆を持ち続けることもやめなかったのだ。さらに銀賞で終わったモンドセレクションにも再チャレンジし、見事金賞を受賞する。それも4年連続という快挙を果たす。

「金賞を取ったことで、お客さまの商品を見る目が変わりました。うちのサンマに箔(はく)がついたという感じです」

さらに2年後に完成予定の本工場には、絵を展示したり、地元の和菓子を月替わりで提供したりするカフェコーナーも設けたいと構想を練る。被災後、全国から訪れたボランティアや工事関係者の数が減り、震災前の観光地としての魅力に陰りをみせるようになったまちを思っての計画だ。

それと同時進行で、販路拡大に向け、JR盛岡駅や仙台駅などの主要ターミナル構内での販売や、航空会社の機内食への参入も夢みている。地元のかき生産業者とコラボレートした「無添加かきのつくだ煮」を今年2月に売り出すなど、展開は多岐にわたる。

「絵を描くつもりでモノづくりをしているから、大変と思ったことは一度もありません。サンマを一匹たりとも無駄にしない網元の信念を胸に、網元逸品、手づくり、無添加のおいしさを多くの人に知ってもらいたい」

震災時の風評被害や、ここ数年のサンマ漁の低水準もどこ吹く風と受け流す。「やってみないと分からない」と、菅原さんは自分の信じる道を歩き続ける。

会社データ

社名:有限会社ケイ

所在地:宮城県気仙沼市港町508-5

電話:0226-22-0327

HP:http://www.k-macs.ne.jp/~choko-hs/

代表者:菅原義子 代表取締役

従業員:8人(パート含む)

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