プレー中は決して笑顔を見せない寡黙な男が、この時ばかりはその表情を緩めた。2000本安打達成。9月8日横浜DeNA戦(甲子園)の第1打席、記念すべきヒットを二塁打で飾った阪神・鳥谷敬選手をチームメートの福留孝介選手と横浜の田中浩康選手(早稲田大学の後輩)が花束を贈って祝福したからだ。
プロ入り14年目での達成は、日本人選手ではプロ野球最速タイ記録。それは何より鳥谷のバッティング技術の高さを物語る記録だが、彼の選手としての本質は、打ちまくるヒットの数だけでは見えてこない。
鳥谷の本当のすごさは、どんなことがあっても試合に出場し続けるその闘志にこそあるのだ。この静かな選手は、すべてをグラウンドで表現してきた。守備の負担が大きいショートを守りながら続けてきた連続試合出場は歴代2位の1877試合(9月8日現在)。昨シーズンからは3塁にコンバートされたが、衣笠祥雄氏の持つ日本記録2215試合連続出場も視野に入ってきた。
鳥谷の熱い内面が垣間見られたのは、今シーズン5月の巨人戦だった。顔面に死球を受けて鼻骨を骨折。ホームプレートに倒れ込んで動かない。これで続けていた連続試合出場も途切れると誰もが思った。しかし、鳥谷はそんなケガをものともしなかった。折れた鼻を守るマスクをかぶって次の試合も打席に立ったのだ。襲われたケガはそれだけではない。3年目のキャンプでは足の親指を骨折。それでも休むことなく練習を続け試合に出場した。腰や肋骨(ろっこつ)の骨折、脇腹の肉離れでもプレーを続けた。鼻骨骨折は「動くと振動で痛いだけでまだ大丈夫な方でした」と軽症だと受け止めている。
鳥谷の最大の危機は、実は去年だった。打率は自身最低の2割3分6厘、守備でも精彩を欠いた。このままではレギュラーの座を失う。鳥谷はオフに徹底的に体を鍛え直して、スイングも一から見直した。その甲斐あって今シーズンは3割前後の打率をキープしている。5人の子どもたちに「復活」を約束して、それも大きなモチベーションになっているという。「体ひとつでこれだけ声援をもらえて、家族を支えられる仕事は他にはない。頑張るしかないんです」
骨折でも折れない闘争心。ベテランになっても失わない向上心。鳥谷は知っている。どんな鳥も羽ばたきを止めれば落ちることを──。
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