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まちの解体新書 ものづくりの伝統と歴史が息づくまち

1917年竣工の建物を使用する「直方谷尾美術館」

福岡藩の支藩が置かれ交通の要衝として栄える

直方市は、福岡県北部の内陸に位置する、人口約5万7000人の都市。政令指定都市である福岡市、北九州市とのアクセスが良く、福岡市のJR博多駅から電車で約1時間、北九州市のJR小倉駅から約40分の距離だ。同市の東には標高約900mの福智山をはじめとする山々が連なり、市内には、九州で2番目に長い川である遠賀川(おんががわ)と彦山川が流れている。豊富な水源を生かして古くから稲作が行われ、また、1800年代後半から1960年代ごろまでは、当時の主要なエネルギー源であった石炭の輸送に当たってこれらの川が活用されるなど、直方の発展に大きな役割を果たしてきた。

直方市の歴史は、福岡藩の支藩として、江戸時代に東蓮寺藩(後に直方藩に改称)が置かれたことにさかのぼる。初代福岡藩主であった黒田長政は、亡くなる直前に、領地を三つに分け本家の他に東蓮寺藩と秋月藩を置くことを命じた。長政は、豊臣秀吉の天下取りに貢献した黒田官兵衛の息子で、福岡藩や東蓮寺藩(直方藩)はその系譜を継いでいる。

1600年代の初めに東蓮寺藩が置かれ、直方藩への改称を経て、約100年にわたって栄え、現在の直方市の基礎が形づくられた。しかし本家である福岡藩の事情により、直方藩の家系から福岡藩主となる人物を差し出したため、直方藩は跡継ぎが絶え、廃藩となった。廃藩後、藩士が福岡に移転したことなどにより、それまで栄えていた直方は衰退の危機に瀕(ひん)したが、主要な街道であった長崎街道が経路変更され、直方の市中を通るようになってからは、交通の要衝として再び栄えるようになった。

明治維新後、直方は筑豊炭田の豊富な石炭を背景として発展していった。直方には主要な炭鉱はなかったが、遠賀川や彦山川が流れ、また、早くから鉄道が通っていたことから運搬の利便性が良く、石炭流通の中心、卸問屋などの商業の拠点として栄えた。筑豊地域の石炭は、わが国を代表する製鉄所であった八幡製鉄所などに供給され、第二次世界大戦前には、筑豊炭田はわが国の炭鉱で最大規模を誇った。その後、1950年代後半からエネルギー革命が起こり、次第に石炭から石油にエネルギー源が移行。70年代には筑豊地域の全ての炭鉱が閉鎖した。しかし、炭鉱で使用する工作機械や機械部品の製造などをきっかけに、鉄工業が基幹産業として発達していたことから、直方は炭鉱閉鎖後にも発展を続けた。製鉄や造船の下請けとして鋳造や部品加工に主要な産業が移行し、その後、80年代の半ばからは、自動車産業やIC産業の金型製造、プラスチック成型などに展開していった。

さらに、製造業だけでなく、遠賀川の豊富な水に支えられた直方では農業も盛んで、稲作を中心に、「あまおう」のブランド名で出荷するイチゴや花卉(かき)の栽培などが行われている。直方では製造業を基幹産業としつつ、農・商・工がバランスよく発展している。

直方商工会議所 会頭 永冨 政英 氏

地域の発展に向け経済界の主体的活動目指す

「直方市は歴史があり、自然も豊かで、産業もバランスよく発展しているなど、多くの良い面がある。しかし、今後急速な高齢化が見込まれるなど、課題も山積だ」と直方商工会議所の永冨政英会頭は語る。同市が2016年に策定した「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、40年には人口が現在より2割以上減少し約4万3000人となり、その結果として65歳以上の人口が37・4%になると推計されている。このような状況で、永冨会頭は、将来にわたって同市が希望ある未来を描けるよう、行政と協力するとともに、経済界として主体的に行動すべきだと話す。

「直方市には歴史ある建築物など、魅力ある地域資源がある。しかし、それらの情報を効果的に発信できていないのでは」と永冨会頭は問題点を指摘する。市内にある、1912年に建てられた旧福岡銀行直方南支店の建物は、レンガづくりで重厚な雰囲気をたたえている。現在は市立美術館の別館「アートスペース谷尾」として公開されており、ステンドグラスで装飾された室内には直方の伝統的な焼き物である高取焼の展示室や喫茶スペースを備えている。また、市内には昭和初期に建てられた町屋建築などもあり、レトロな建築物が多数残る。「それぞれの観光資源を単独で紹介するのではなく、情報を取りまとめて発信し、観光客に直方市全体に興味を持ってもらえたらいいと思う」

直方の観光資源のPR方法について指摘しつつ、「観光客の誘致や商工業の発展のためには、広域連携の視点も不可欠である」と永冨会頭は語る。同市から田川市などを通り、周防灘(すおうなだ)に接する行橋(ゆくはし)市までをつなぐ平成筑豊鉄道は、地域の重要なインフラだ。いわゆる第三セクターである同鉄道は、地元のグルメを提供する観光列車を走らせるなど、現在も観光客誘致に積極的だが、さらなる地域活性化に向けて、同鉄道の今後の活用方法について研究が進められている。また、同所では、近隣の商工会議所や商工会と積極的に対話の機会を設け、地域振興に向けた連携の可能性を模索している。

直方の中心市街地活性化に向けて、「従来のやり方を見直すことも必要だろう」と永冨会頭は話す。直方駅前には、しっかりしたつくりのアーケードに覆われた商店街が複数並んでいる。雨の日にもぬれず快適だが、商店街には空き店舗も目立ち、昔に比べると訪れる人も減った。しかし、アーケードのスペースを活用してイベントを開催したところ、多くの人が訪れたという。「商店街に人を集める方法が何かあるはずだ。アーケードのスペース活用など、いろいろと試していきたい」

同所は、地域の商工業者が抱える課題を浮き彫りにするため、昨年度から会員事業者への訪問(巡回指導)に力を入れている。同所の職員が事業者を訪問の上、経営課題などについてヒアリングすることにより、アンケートなどには現れない事業者の現状が分かるという。また、会員事業者の中には、同所のサービスをあまり利用していない事業者もいたが、職員の訪問がきっかけで、そのような事業者が同所を活用してくれるようになったこともある。

レンガづくりの「アートスペース谷尾」

筑豊炭田により形づくられたものづくりの伝統

明治時代以降、日本有数の炭鉱に隣接しているという利点を生かし、直方では炭鉱で使用する工作機械や機械部品製造など鉄工業が発達し、ものづくりの基礎が形づくられた。その伝統を引き継ぎ、さらに発展させるため、同所は企業への支援を行っている。同所の会員企業で、得意分野を生かし好調な業績をおさめている2社を紹介する。

株式会社石橋製作所は、歯車装置(ギアボックス)を主力商品とする企業である。1932年に金属製品の鍛造工場として創業した同社は、品質の高さや柔軟な対応力を生かし、三菱重工業や日立製作所などに製品を供給していた。現在は、風力発電用風車の増速機において、わが国でトップシェアを誇る。

同社のものづくりに対する姿勢は多方面から注目されており、数多くの受賞歴を持つ。2007年には、金型、鋳造・鍛造、めっきなどの基盤産業を中心に独自の高い技術を持つ中小企業を選定する中小企業庁主催の「元気なモノ作り中小企業300社」に選ばれた。また、08年には、「全国の中小企業の中で、経済的、社会的に優れた成果を上げている」として「グッドカンパニー大賞優秀企業賞」を受賞した。

同社は、風車の増速機などに強みを持つが、現状に満足することなく常にビジネスチャンスをうかがっている。同社代表取締役の石橋和彦さんは、その姿勢を「半歩ズレビジネス」と呼んでいる。例えば同社は、風車用増速機の性能試験を行うため、大規模で精緻な試験装置を有している。その装置を活用し、「大規模歯車装置の検査」というビジネスも始めた。現在の強みを生かしつつ、新たな事業領域を開拓することを「半歩ズレ」と称しているのだ。

1972年に創業した川北機械株式会社は、金属の精密加工に強みを持ち、各種部品や治工具の製作を行っている。品質の高さなどが評価され、世界的な航空機メーカーや造船メーカーなどが顧客だ。同社の工場で働く社員は6人と、規模の大きな会社ではないが、少人数であることの強みを最大限に生かし、顧客の発注に柔軟に対応するとともに、社内の風通しの良さが同社の特徴だ。「上司と部下が同じ目標を持ち、一丸となって業務に当たりたい」と同社代表取締役の後藤順一さんは話す。

同社のターニングポイントは、同所の協力を得て作成し2015年に初めて承認を受けた「経営革新計画」であるという。それまで将来を見据えた計画を持っていなかったが、経営革新計画を策定したことで課題を把握でき、さらに今後行うべき事業についても展望が開けたという。「経営革新計画の策定に当たり、直方商工会議所には大変お世話になった。これからもわが社の強みは維持しつつ、新しい事業分野にも挑戦したい」(後藤代表取締役)

歯車装置(ギアボックス)に強みを持つ石橋製作所の工場

レトロタウンだけじゃないまちの魅力

「直方市には、歴史的建造物以外にも、観光資源がたくさんある。それをより多くの人に知ってもらいたい」と永冨会頭は話す。

毎年4月初旬から中旬に開催される「のおがたチューリップフェア」では、遠賀川の河川敷で13万株のチューリップを楽しめる。環境美化のためにボランティアの手でチューリップが植えられたことが同イベントのきっかけであるという。

毎年7月下旬に開催される「のおがた夏まつり」では、6000発の花火が打ち上げられ、また、ナイアガラ花火も用意される。夏祭り期間中には、市内の多賀神社に奉納される山笠(山車)がまちを練り歩き、祭りを盛り上げる。

高取焼も直方の観光資源の一つだ。福岡藩の初代藩主である黒田長政が、朝鮮から陶工を連れてきたことが始まりであるという高取焼は、時代によって見た目が異なる。「古高取」と呼ばれる初期の頃は豪快な意匠であり、その後は端正な見た目に変わっていったという。古高取が盛んにつくられた登り窯「内ヶ磯窯(うちがそがま)」は、全長46・5mもの巨大な規模を誇った。

直方のご当地グルメとして近年人気なメニューが「直方焼きスパ」だ。その名の通り焼いたスパゲティで、1980~90年代によく食べられていたメニューを復活させたものだ。現在、市内の約30店舗で味わうことができる。

「のおがた夏まつり」では山笠(山車)が市内を練り歩く

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