山陽新幹線・福山駅から自動車で30分、丁寧につくられる家具とみそで知られる広島・府中には、もう一つ名物がある。商店街や共同店舗のそれぞれの店が切磋琢磨(せっさたくま)して、お客さんに自信を持ってお薦めする商品をつくり、または選び、それを積極的に展開していく個店活性化事業「一店逸品運動」の全国コンテストでグランプリを獲得した鶏肉そぼろ「にく佃煮(にくだにぃ)」だ。
逸品を育む仲間の存在
この逸品を生み出したのは、府中で71年にわたり新鮮な鶏肉を商う「中林鶏肉専門店」の中林正男さん・八栄さんご夫妻。かめばかむほどうま味の増す親鶏を原材料に、親戚の叔母さんがつくってくれる絶品のいかなごのくぎ煮の味を受け継ぎ、試行錯誤を繰り返して完成した逸品だ。
にく佃煮は、中林さんが逸品づくりに取り組んで二つ目の商品となる。最初の逸品「きら★カツ」は、同店の強みである新鮮な広島県産朝引きハーブ鶏に生パン粉をまとわせて揚げたカツ。出来たてを食べてほしいという思いから、電話注文を受けてからつくる手間をかけている。
一店逸品運動の価値は、共に逸品づくりに取り組む仲間たちと1年をかけて意見を交わし、逸品を練り上げていく点にある。中林さんと共に歩むのは、府中の商人たち30人ほどで組織する「府中まちなか繁盛隊」の仲間たちだ。
その代表を務め、メンバーを導き励ます高橋仏壇店の高橋良昌さん、中林さんを繁盛隊に誘ってくれた洋菓子店「パティスリーパンセ」の稗田由子さんなど、心強い同志の存在を忘れることはできない。じつは稗田さん自身も、出来たてを楽しめる体験型スイーツ「クッキーシューパック」で前年度の逸品グランプリを獲得している皆のお手本となる存在である。
また、そうした商業者の活動を裏方として支える支援組織の存在も欠かせない。府中商工会議所の有永篤さんは府中まちなか繁盛隊発足の初期から関わる頼もしい存在。商業者と一緒に汗をかくこれこそ支援者のあるべき姿だろう。 そんな仲間の一人が言った「冷めてもおいしいものを」というひと言が、にく佃煮誕生の大きなヒントになった。日々の商いや暮らしの中でいつも、どんなお客さまに、どんな喜びを届けたいかを考えているからこそ、何気ないひと言が商品開発の大きなヒントになるのだろう。
味付けを変えないこだわり
にく佃煮の人気も手伝い、大変にぎわう同店だが、これまで平坦で順調な道ばかりを歩んできたわけではない。2005年に起こった鳥インフルエンザ騒動の影響で売り上げは激減。廃業を覚悟して取り組んだ朝引き鶏の取り扱いにより、業績が回復するまで苦しい時期も経験してきた。
「主人と何年もしんどい時期を乗りきっての、このグランプリは本当に私たち二人にとっては言葉では言い表せないほどのものでした。この今の気持ちを忘れず、これからも主人と前を向いて頑張っていこうと思います」(八栄さん)
そんな開発秘話を持つにく佃煮だが、お客から「味付けが甘すぎる」と言われることがあるという。しかし、中林さんご夫妻は味付けを変えようとはしない。そこには、こんな理由がある。
「育ち盛りの子どもさんたちに、もう一膳ご飯を食べていただきたいから、子どもさんの好む味付けにしました。子どもさんの『お代わり!』という元気な声が聞ける食卓を、この逸品で増やしていけたらという思いを込めています」
商品を通じて、誰に、どのような喜びを届けるかこの商品開発の王道を行く逸品には、中林さんご夫妻の真面目でひたむきな人柄が込められている。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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