岡山城築城とともに400年以上の歴史を持つ表町商店街。そこで1832年から店を構える「ソバラ屋」は紅やおしろいなどの製造販売で業を興し、その後は染めの手拭いを主に扱っていた。
終戦間際の空襲により岡山のまちは灰じんに帰し、同店もすべてを失う。「良い国をつくるため、子どもにしっかり勉強をしてもらいたい」と文具店に業種転換、以来、子どもたちの学習、まちの文化の発展に寄与してきた。
しかし、大型スーパー、コンビニ、100円ショップ、さらにはネット通販など多くの業態が文具を扱い始めると、業績は伸び悩んでいく。それは商店街にある他の業種店も同じことだった。
まちゼミとの出合いが転機に
「『ソバラ屋さんで買うメリットって何?何が強みなの?』と、ある取引先に聞かれたとき、『丁寧に対応することです』と差し障りのないように答えたんですが、心にモヤモヤしたものが残っていたんです」
こう語るのは、現店主の矢部久智さんだ。1990年代の半ば、大学卒業とともに同店で働き始めたとき、商店街のイベントに人は集まっても、店の中までやって来ることはなかった。
商店街は本当に地域の人に必要とされているのだろうか? ひょっとしたらなくても誰も困らないのではないのか? そして自分の店はどうなのか? 何気なく口にした取引先には他意はなかったと思うが、それは矢部さんの不安と悩みを突く言葉だった。
そんな八方ふさがりのときに出合ったのが、「得する街のゼミナール」(まちゼミ)だった。まちゼミは店の人が講師となり、プロならではのコツや専門知識を無料で教える少人数性のミニ講座。2002年に愛知県岡崎市で始まり、いまや47都道府県250超の地域で実施されている。
「お店に直接お客さまが来る。店のファンづくりをしていく。これだ!と思いました」初のまちゼミを開いたのが2014年夏。ソバラ屋では3つの講座を開いたが、最初は緊張で滞りなく進めるのが精いっぱいだった。
店内に戻ったお客の笑い声
それでも何度か進めているうちに、明らかに手応えがあった。自分は目の前のことをこなすことだけで余裕はなく気が付かなかったが、今は引退して店の2階で暮らしている伯母がこう言ったのだ。
「お店の中でこんなにご婦人方の笑い声が響いたのはいつぶりのことじゃろう?
その通りだった。受講者の女性たちはおしゃべりに興じ、店には笑い声があふれていた。 「ちょっとでも売らないけん。お客さまが店に入ってきたら、何が必要で、どれを販売して、どう売り上げにつなげればいいのか──。そんなことばっかり考えていました。でも、それは違う。僕が子どもの頃の店には、用があるのかないのか分からないようなおばちゃんが来て、お茶だけ飲んで帰るようなことが普通にありました。今のうちの店は、そんな居心地のよいところではなかった。楽しい空間になっていなかったということに気が付いたんです」と矢部さん。
それから2年、まちゼミは年に2回のペースで続けられ、この夏で第5回を迎えた。
ソバラ屋では変化が続いている。2回目から妻の優子さんが文房具をテーマに「体験&茶話会」を開くようになると、新規の女性客が頻繁に訪れるようになった。中には、優子さんに会いたいからと、注文を小分けにして来店する人も現れた。
「商店街に、一人でも多くの方から『このお店は私の生活に必要』と思ってもらえる店が増えなければなりません。『困った時は表町商店街へ行けばよい』『あそこへ行けばなんとかしてくれる』と言われる専門性を持った店の集合体になりたい。まちの誇りになりたいんです」
もちろん自分の店もそうありたい。矢部さんは今「店の強みは?」と聞かれれば、「僕と妻です」と答えている。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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