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まちの解体新書 日本有数のお茶どころ 報徳の教えが宿るまち

日本初の本格木造で復元された掛川城天守閣

〝内助の功〟山内一豊が城下町を整備

静岡県の西部に位置する掛川。東海道の東西交通の要衝として重要な役割を担っており、戦国時代から幾多の攻防が行われてきた。天正18(1590)年には、「東海の名城」とうたわれた掛川城に山内一豊(やまうちかつとよ)が入城。山内一豊は、大河ドラマ「功名が辻」や妻・千代の〝内助の功〟の逸話で全国的に知られている。山内一豊は、城の大改築を行い天守閣を築くとともに、城下町の整備を行った。以後、宿場町・城下町として栄えた掛川には、多くの歴史と文化が育まれていくことになる。

掛川商工会議所の鈴木俊光会頭は、掛川の特徴をこう説明する。「掛川は、城下町の歴史と文化を持ったまち。一方で、農業・商業・工業がバランスよく発展しており、住むにも働くにも環境が整っています」

その掛川の歴史に焦点を当てようという動きの一つが掛川城の天守閣の復元だ。掛川城は嘉永7(安政元、1854)年、安政の東海大地震により、天守閣などの大半が損壊し、一部を除いて再建されることなく、明治2(1869)年に廃城となった。天守台などの一帯は公園として活用されてきたが、市民の熱意により、平成6(1994)年に、日本初の本格木造天守閣として140年ぶりに復元。掛川のシンボルとしてその美しい姿を現している。

にぎわい創出の鍵は〝女性〟と〝若者〟

全国的な傾向と同じく、掛川においても少子高齢化が進展。駅前からも人が減っており、まちの活性化が急務となっている。

駅前のにぎわいを取り戻そうと、掛川商工会議所も参画し、駅前では再開発が行われている。東街区では食料品などを扱う店舗「ウィタス138かけがわ」や駐車場が整備され、マンションも建設中。今後は、西街区の整備が行われる予定だ。

「商工会議所に限らず、市民団体やさまざまな組織がにぎわい創出に向けて取り組んでいます。まちの活性化は、商工会議所だけではできませんので、そうした活動に協力し、一緒に取り組んでいきたいと思います」と鈴木会頭は語る。そして、にぎわい創出の鍵は〝女性〟と〝若者〟だと指摘する。「日中、まちを訪れるのは女性と若者です。いかに女性と若者の意見を取り入れるかが重要だと思います。商工会議所が意見集約の役に立てることができればと考えています」(鈴木会頭) 人口が減少すれば、地域の経済活動も減退してしまう。人口減少社会の中、域内の消費を増やすには、掛川を訪れる観光客を増やすことが求められる。掛川にもさまざまな観光資源があるが、鈴木会頭は掛川の知名度を高めることが必要と強調する。

「例えば、つま恋は有名なのですが、それが掛川にあるとは知られていないのですよね」(鈴木会頭)

1970年代~80年代に一世を風靡(ふうび)したアマチュアミュージシャンの祭典である「ポピュラーソングコンテスト(通称=ポプコン)」。その会場になった「ヤマハリゾート つま恋」は掛川にあり、現在でも音楽の聖地としてさまざまなアーティストのコンサートなどが開催されている。

また、隣の袋井市にまたがる小笠山総合運動公園には、平成14(2002)年サッカーワールドカップ日韓大会の会場となったエコパスタジアムがある。エコパスタジアムは、平成31(2019)年に日本で開催されるラグビーワールドカップの会場にも決定している。「ラグビーワールドカップ、そして2020年には東京オリンピック・パラリンピックを控え、キャンプ地や観光客誘致に向けて、おもてなしに磨きをかけ、掛川の魅力を発信していきたいです」と鈴木会頭は意気込みを語った。

1903(明治36)年に建築された大日本報徳社大講堂。講演会、研修会などに使用されている

地域に根付いた報徳の教え

二宮尊徳は江戸時代後期、全国各地の困窮した600余りの農村の救済に手腕を発揮した。その行動から培った知恵を、二宮尊徳が体系的理想として唱えたものが「報徳思想」である。幕末から明治に至る日本の近代化が始まろうとする時期、困窮にあえぐ農民の救済を目指し、二宮尊徳の唱えた報徳思想を普及させ、道徳と経済の調和・実践を説く報徳運動が全国に広まった。二宮尊徳の高弟である岡田良一郎の指導による活動が盛んであった掛川は、やがて全国の報徳運動の中心地となり「大日本報徳社」が開設された。 「報徳の教えには『道徳』と『経済』の調和を目指すという報徳の象徴ともいえる教えがあります。これはまさに、商工会議所の生みの親である渋沢栄一翁の『論語と算盤(そろばん)』『道徳経済合一説』と同じ考えです」(鈴木会頭)

報徳の教えには、「至誠(しせい)」「勤労(きんろう)」「分度(ぶんど)」「推譲(すいじょう)」の4つの柱がある。「至誠」は真心を尽くすこと、「勤労」は一生懸命働くこと、「分度」は自分の生活や立場・状況に合った生活をすること、「推譲」は勤労・分度により生じた余剰・余力の一部を子孫や社会のために譲ることを示している。

掛川では、この報徳の教えが地域に根付いている。昭和54(1979)年、全国初の「生涯学習都市宣言」を行ったが、生涯を通じて教育により自分の長所を引き出すという生涯学習の考えは、報徳思想と基本的に同じ考えといわれている。また、新幹線新駅の設置、掛川城天守閣の復元などには、地元企業や市民から多額の寄付が寄せられた。地元の掛川信用金庫は、この報徳思想に基づき資金が集められ設立された、わが国最古の信用金庫だ。

「みんなで協力してやりましょうという意識が掛川には根付いています。素晴らしい地域に生まれたと思いますよ」と鈴木会頭は笑顔で語る。

報徳の教えは“ 生きる知恵” と語る中田さん

交流人口増へ思想をブランド化

掛川商工会議所では、この報徳思想の地域ブランド化に取り組んでいる。掛川商工会議所の報徳思想啓発委員会の委員長を務める中田繁之さんは、「ほうとく寺子屋講座」を開催し、小学校や企業を訪れ、報徳の教えを説いている。

最初は報徳の教えについて全く知らなかった中田さん。6年前、掛川商工会議所では、交流人口の拡大に向け、他の地域とは違う視点を持った新たな地域ブランドの立ち上げを検討していた。たまたま岐阜県恵那市を訪れた際、岩村藩(現恵那市)出身の儒学者である佐藤一斎の教えが各家庭の玄関口に貼ってあるのを見た中田さんは、「地域の人が佐藤一斎の教えに精通し、自分の生きる指針としていました。それだけでなく、子や孫に、そして、現代の人に分かりやすく伝える取り組みをしていることに衝撃を受けました」と当時を振り返る。

この活動にヒントを得た中田さんは、「モノのブランド化はどこにでもあるが、思想もブランド化できるなら、掛川には報徳の教えがある」と思いつき、早速原書を読んでみた。しかし、一般の人に500ほどの教えの全てを原書で読んでもらうのは、かなりハードルが高い。そこで中田さんは現代のテーマに合った報徳の教えを抜粋し、分かりやすく解説したテキスト「こころのスイッチ」を作成。さらに、報徳の教えを若い人に受け入れてもらうため、ほうとく寺子屋講座を始めた。

報徳の教えは〝生きる知恵〟だと中田さんは言う。「精神に訴えるものは心に残ります。今は分からなくても、何かあったときに、報徳の教えに立ち返ってもらえればと思います。『報徳は掛川』となって、全国から報徳の教えを聴きに来てもらい、交流人口の拡大につながれば何よりです」(中田さん)

良いものは売れる農家と直接取引

報徳の教えの普及に奔走する中田さんだが、もう一つの顔が掛川駅のビル内で地域の特産品を販売する「これっしか処」の社長である。これっしか処では、掛川だけでなく、静岡県内のさまざまな農産物、銘菓などを販売。今人気を集めているのが規格外の農産物だ。通常の流通に乗らないような、傷があったり、形がいびつだったりする農産物を農家から直接買い取り、販売している。

なかでも掛川名産のトマトは、年間1万袋ほどが予約でほとんど売れてしまうという。「たまたま出張の帰りに買ったら、あまりの美味しさにリピーターとなってしまった方もいらっしゃいます。品質が良いのでお客はたくさんついています。農家の収入にもなるし、環境問題にも貢献できます」と中田さんは語る。

農業の活性化も地域の発展のためには不可欠だと考えている中田さんが今やりたいことは、農家から旬の農産物の情報を集めて飲食店やホテルに届けること。「『採れたての○○使用』とアピールできれば、メニューの差別化が図れ、お客からも喜ばれるはずです。農・商・工が連携し、商工会議所が中心となって取り組めたらすごい活動になります」と語る。

「地域で小さな経済を回すことができるのも日本経済の強み。『積小為大(せきしょういだい・大きなことは、小さなことの積み重ね)』という報徳の教えの通りに、外部環境に左右されないような、こつこつと地道な商売ができればと思います」(中田さん)

掛川桜は2014(平成26)年に認定された新品種。川沿いに300 本が植えられている(写真提供:掛川市)

世界農業遺産のお茶栽培

掛川といえば「お茶」を想像する日本人は多いだろう。掛川の特産となっている深蒸し煎茶は、普通の煎茶よりも蒸し時間を2倍から3倍に長くする製法により、水色が濃厚で自然の甘みが感じられる深い味わいだ。

また、一部の掛川茶の栽培方法は「茶草場農法」と呼ばれ、世界農業遺産にも認定されている。世界農業遺産は、世界15カ国の36地域が認定されており、日本では8地域が認定されている。茶草場農法とは、茶園周辺で刈り取ったススキやササなどを茶畑に有機肥料として投入する農法で、この投入する草を刈り取る採草地を茶草場という。かつては、日本各地で見られたが、生産方法の変化や時代の変化に伴い、現在では、静岡県など、ごく一部だけで続けられている。

今後の掛川市をどのようなまちにしていきたいか。鈴木会頭は、「掛川は報徳とお茶のまち。これを基本に掛川を訪れたいと思わせるようにしたいです。それが商工会議所の役目です」と話す。昨年開催されたイタリアのミラノ万博では、日本館で茶草場農法が紹介され、来場者からも好評を博した。「静岡県には富士山という世界遺産もあります。これらをうまく組み合わせて掛川を世界にPRしていきたいです」と力強く語った。

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