事例1 “稼ぐBCP”で平時も有事も揺るがない信頼と事業を築き上げる
西光エンジニアリング(静岡県藤枝市)
BCPの必要性を理解しても、いつ、どれくらいの規模の災害や、パンデミックがあるか分からない。〝受け身のBCP〟は経営の負担でしかないならば、平時に生かせるBCPを構築できないだろうか。そう考えた乾燥機メーカーの西光エンジニアリングは、北海道と沖縄に代替場所を設け、〝稼ぐBCP〟に道筋をつけている。
脱・下請け、第二創業で全国にネットワークを構築
静岡県藤枝市に拠点を置く西光エンジニアリングは、1987年に代表取締役の岡村邦康さんが立ち上げた焙煎(ばいせん)・乾燥を得意とするエンジニアリング会社だ。92年には価格競争に巻き込まれないようにと脱・下請けに乗り出し、2007年には第二創業として、経済産業省の補助事業である「新連携計画」に着手した。モズクやホタテの低温乾燥機や、日持ちしない海ぶどうを宮古島の生産者から仕入れ、駿河湾深層水で養生して藤枝から出荷する「ふじえだの海ぶどう」などを商品化し、農商工連携で連携先の地域資源を生かした流通ネットワークを構築している。
12年、世界に先駆けてマイクロ波減圧乾燥機をシリーズ化して販売をスタートすると、17年には酵素や乳酸菌を生かしたままの乾燥やCNF(セルロースナノファイバー)の過熱濃縮に世界で初めて成功し、静岡県と共同で特許出願するなど、特許取得数29を近々更新する勢いだ。そんな同社の最大の特徴は、創業当初から生産工場を持たないファブレス企業であること。生産コストや業務の負担、投資を抑えた従業員12人の少数精鋭で、開発した装置の設計図と制御ソフトを最大の経営資源に、業績を伸ばしてきた。装置は特許を取得しており、納品した装置の制御、保守、補修は同社が担う。つまり、災害時にいかに速やかに装置の復旧対応できるかが取引先との信頼関係、事業継続を大きく左右するのだ。
「『西光さん、静岡にあるけど東海地震は大丈夫?』。阪神・淡路大震災以降からそう聞かれることが増えました。2011年の東日本大震災でさらに顕著になり、営業活動にも明らかに影響が出始めましたね。とはいっても当社にはBCPに人材も資金も割く余裕はありません。日頃の経営におけるリスク管理の一環としてBCPを維持し、売り上げや業務拡大に役立てられないかと考えました」
そう語る岡村さんは、まず県の商工振興課に問い合わせた。
生き残りをかけた自社独自のBCPを策定
県で入手できたのは「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」と「静岡県事業継続計画モデルプラン(第1版)」で、これをサンプルにBCP策定しようとした岡村さんは、熟読するほどにあることに気付く。
「大手企業を主眼においたBCPだと見受けられました。大手企業が自社のサプライチェーンを守る『垂直統合的なBCP』を前提にした内容で、これでは弊社の生命線であるノウハウを大手に吸い上げられてしまう可能性があります。取引先である大手が策定したBCPに準ずる中小企業は多く、大手の力を借りたBCPを否定するつもりはありません。しかし、私が目指したのは、製造工場を分散するほど資金力のない中小企業同士が、平時から連携し、災害時に支え合える『水平連携的なBCP』です。サンプルの書式を参考にしながらも、内容はゼロから独自に考えていくことにしました」
柱に据えたのは、①社員とその家族、訪問者の安全確保、②地域自治体との共助、③迅速な復旧作業と事業継続の同時進行、④顧客離れの回避、⑤早期業務の再開の五つで、岡村さんは、03年開設の沖縄営業所にCADデータや制御ソフトを含む全てのデータをハードディスクに保存・保管することから始めた。13年のBCP策定以降は、沖縄銀行の某支店の貸金庫へ保管場所を移し、隔月で更新して〝生命線〟を守っている。
「営業所は、沖縄でのモズク設備の受注が活発だったことと、東南アジア進出の足掛かりにと開設したものです。しかし、沖縄は台風の数も規模も本州を上回り、資材や輸送コストなど何かにおいて割高で、有事の本社機能を移せる環境にありません。沖縄とは別に長期代替場所の確保が必要でした」
そして出会ったのが北海道旭川市の野菜洗浄機メーカー、エフ・イーだ。きっかけは北洋銀行主催で年に一度開催される「ものづくりテクノフェア」で、富士山静岡空港からの就航先に北海道があることから静岡県が出展費用を負担してくれたことで叶った出展が縁となった。
平時に信頼関係を築き情報とノウハウを共有
「互いに研究開発型の中小企業で、扱っているのがニッチ産業の専用機。研究開発資金は補助金調達など共通点がいろいろありました。何より経営者同士が意気投合したことが決め手です。野菜の洗浄機と弊社の野菜やフルーツの乾燥機は販売先も共通し、製品も補完し合えるため、新製品の共同開発も進められます」と岡村さん。エフ・イーとは13年7月に連携契約を交わし、同年11月に「業務提携契約書」「災害時における相互応援協定」を締結した。さらに旭川機械金属工業振興会(中小企業約30社が所属)の協力で、万が一、本社工場が災害で機能不全に陥ったとしても代替生産を行い、本社事業を旭川市で継続できる算段も整えている。
沖縄と北海道の遠隔地に長期代替場所を確保し、個々の平時と有事の役割を明確にしており、有事は本社の被災想定を、一部損壊、中破、大破の3区分に分け、速やかに対応できる万全の態勢だ。
「全従業員の有事の際の役目が決まっていて、策定したBCPは普段から自由に閲覧できるようにしています。業務内に時間を割く必要もなく、BCPが従業員に理解されています」と語る岡村さん。仮に本社が大破して、代替生産を旭川で行う場合も、同社が生産工場を持たないファブレス企業(開発・設計を行う会社)であるため、従来の生産体制のノウハウが、BCPにそのまま生かせるという。
「製造を委託するファウンドリ企業(受託生産会社)の立ち上げと似た仕組みです。第二創業からファウンドリ企業を含めて全国に23の企業や団体と連携していて、18年にも新たにファウンドリ企業が加入し、培ってきた経験を旭川に置き換えて訓練していくことが可能です。年に1回、ものづくりテクノフェアの開催に合わせて交流会も開いていますが、ネットも普及しているので物理的な距離の遠さはあまり感じることなくコミュニケーションはとれています」という。
BCPを策定しただけで、運用も見直しもしないケースが見られるなか、同社のBCPの活用は周囲からも高く評価され、「BCAOアワード2016年」で特別賞・優秀実践賞を受賞し、レジリエンス認証(内閣官房国土強靱化推進室が「国土強靱化貢献団体」として認証している制度)を取得。藤枝商工会議所にもセミナー講師で招かれるなど、BCP認知に広く貢献している。
新型コロナウイルスの第2波想定のBCPが急務
そんな同社は、新型コロナウイルスにはどう対応しているのだろうか。実は同社のBCPには、すでに感染症対策もしっかり織り込まれている。
「これは海外出張時の鳥インフルエンザなどを対象にしたもので、新型コロナウイルスのような広域のパンデミックを念頭に入れたものではありませんでした。今回は行政の指示に従った対処と、出張や営業、会議は4月上旬にオンラインビデオ会議ソフトZoomを使ってオンラインに切り替えるなどしました。幸い、営業も既存の取引先に新しいデータを提供するスタイルなので、業務は大きな混乱、停滞もせずに進んでいます」
BCPでは感染症は地震、火災、台風に次ぐ第4位の対応優先順位だったが、「感染症」を「パンデミック」に変更し、順位も第2位に上げた。だが「あくまで暫定的」と岡村さんの表情は険しい。
「従来のBCPは事後処理で、どう生き残っていくかがテーマでした。しかし、パンデミックは事前の対策で、死なないためのBCPが問われる、全く別物です。第2波に備えて暫定的に見直しましたが、別冊BCPの策定が急務です」
BCPの長期代替場所を海外に置く計画もあり、ミャンマーでファブレス型の生産体制の推進を予定している。
「海外の長期代替場所の確保は、パンデミック対策としても有効であると考えています。暫定的BCP、ゆくゆくは別冊BCPを策定して有事に強い企業として事業継続をしていきます。BCPはわが社にとってメリットでしかありませんが、どの中小企業も災禍時に自力で事業継続していくのが困難と思うなら、最低限の備えとしてBCP、それもできれば自前のものを策定しておくことを強くおすすめします」
いつ何が起きてもおかしくない時代を生き抜くための羅針盤として、岡村さんはBCPの運用、見直しに余念がない。
会社データ
社名:西光エンジニアリング株式会社(せいこうえんじにありんぐ)
所在地:静岡県藤枝市高柳3-30-23
電話:054-636-0311
代表者:岡村邦康 代表取締役
従業員:12人
※月刊石垣2020年8月号に掲載された記事です。
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