総論 国の支援が受けられるBCPと各種保険で雇用と顧客を守る
新型コロナウイルスの感染拡大危機により企業活動が停止に追い込まれたとき、BCP(事業継続計画)を策定していた企業の多くは、休業などの実施指針や社員の行動基準などに照らして迅速な対策を講じることができたという。BCPはコロナ禍のような感染症拡大時にも役に立つ。そこでリスクマネジメント専門家の髙橋孝一さんに、中小企業がBCPを策定するメリットや災害から財産を守るための保険の上手な使い方を聞いた。
髙橋 孝一(たかはし・こういち)/SOMPOリスクマネジメント首席フェロー(リスクマネジメント)
BCPの目的は目標時間内に事業を再開させること
BCPのBC=事業継続とはどういうことですか? と経営者の皆さまに聞くと、たいてい「地震や水害などに遭ったときに、必要な事業を継続していくこと」という答えが返ってきます。では、本社や工場が壊滅的な被害を受けたらどうしますか? と重ねて聞くと、「それは困ります」で止まってしまいます。事業継続とは、「困ります」で止まらずに、企業・組織がいかなる被害(軽微でも壊滅的でも)を受けても、「優先順位に基づく重要業務を事業継続戦略を用いて目標復旧時間内に再開すること」により、「企業・組織の責任を全うし、不測の事態においても生き残りや発展につなげること」。そして、「事業継続を実現できる企業・組織の力が事業継続力」なのです。
まず、「優先順位に基づく重要業務を事業継続戦略を用いて目標復旧時間内に再開する」とは、どういうことでしょうか。たとえば、ある自動車会社では目標復旧時間を1カ月と定め、(自社ではほとんど部品の在庫を持たないことから)部品のサプライヤーにもそれを伝えて協力を求めています。生産するモデルにも優先順位をつけて、当初は災害対応力の高い4WD車と燃費がいいハイブリッド車を重点的につくることにしています。
次に、「企業・組織の責任を全うし、不測の事態においても生き残りや発展につなげること」。生き残りは分かるとして、不測の事態が発生しているのにもかかわらず発展するとはどういうことなのか? それは他社の生産が止まっている中で早期に事業を再開することができれば、特需を享受できる可能性があるということです。2016年4月に発生した熊本地震での実例を紹介します。A社に部品を納入していたBCP実施済みのB社、BCP対策が不十分だったC社、BCP未実施だったD社は同じような被害を受けました。そして被災から生産再開までの日数を比較したところ、B社が13日だったのに対し、C社は23日、D社は41日もかかりました。そのためD社の仕事はB社が請け負うことになり、特需が発生したのです。
事業継続力には組織や個人のスキル向上が不可欠
事業継続力にはソフトとハード、スキルの三つの要素があります。ソフトはBCP―事前に策定しておく有事対応の計画と平時の運用計画のことです。ハードはBCPに基づいて行う耐震補強、備蓄、代替拠点確保などの対策です。そして、ソフトとハードを生かす要素がスキル。スキルを高めるためには、継続的な教育・訓練によって組織・個人の対応能力を向上させる必要があります。
事業継続は防災計画と混同しがちですが、防災計画は従業員やその家族の身体の安全と財産を守ること、BCPは企業を存続させて顧客に対する供給責任を果たすことで、それぞれ目的が全く違うことから、表1にあるように主体となる部門や重要視すべき事項も大きく異なります。災害発生時には初動対応マニュアルに沿って、第一に人命の安全確保を優先しますが、初動対応が一段落した後は、BCPに従って重要業務を継続(早期復旧)することを目指します。
このようにBCPは被災した企業が事業活動を早期に再開するために不可欠なものですが、中小企業のBCPの策定率は、策定済み・策定中を合わせても20%程度にとどまっています(図1)。その理由は、図2を見ると分かります。
まずは事業継続力強化計画を作成して支援策を活用する
BCPと、BCPを踏まえた「事業継続力の獲得(目指す姿)」は、ホップ→ステップ→ジャンプのステップとジャンプに当たります。このため経営資源が限られる中小企業にとって、いきなりステップから始めることは大きな負担になります。
そこで国は中小企業の災害対応力を高めるため「中小企業強靱化法」を19年7月に施行しました。中小企業のホップに当たる防災・減災の基礎的な取り組みを「事業継続力強化計画」(必要項目は表2参照)としてとりまとめて申請すると、審査の上、経済産業大臣(申請先は所在地を管轄する経済産業局)が認定する制度が創設されたのです。認定されると各種優遇措置が受けられることから、認定件数は施行からほぼ1年後の本年5月末日時点で8600件となりました。
優遇措置は、税制優遇(中小企業防災・減災投資促進税制)、金融支援(低利融資、信用保険の保証枠の別枠追加など)や補助金(ものづくり補助金など)の優先採択などの支援策などです。このうち、中小企業防災・減災投資促進税制では、自家発電機、制震・免震ラック、止水板のような防災・減災設備があると、特別償却(20%)が認められ、固定資産税を軽減することができます。
特に有利と思われるのが金融支援です。認定を受けた企業の設備投資に必要な資金については、日本政策金融公庫による「社会環境対応施設整備資金」という融資制度を使って、低利融資を受けることができます。貸付金利は、中小企業事業の設備資金の場合、基準利率から0・9%引き下げた金利(運転資金については基準利率)が適用されます。貸付限度額は7億2000万円(うち運転資金2億5000万円)ですが、0・9%引き下げが適用となるのは2億7000万円までで、それを超える部分は基準金利が適用されます。
経営革新のための設備投資などに使える「ものづくり補助金」は、今年から3カ月ごとの5月、8月、11月、2月の採択になりました。補助金は最大1000万円、補助率は2分の1(小規模事業者は3分の2)。認定を受けた企業は、採択審査の際に加点を受けられるので有利です。さらに、新型コロナウイルスの影響を乗り越えるために、補助率が3分の2に引き上げられた「特別枠」が創設されました。
地域のリスクを知り保険を活用して自社を守る
もちろん、それに加えて自助努力も必要です。その有力な手段が保険の活用です。
国や自治体では洪水、津波、土砂災害などの災害リスク情報を盛り込んだ「ハザードマップ」を公表しています。まずは、これを見て自社にどのような自然災害のリスクがあるのかを確認し、リスクに対応する保険を検討してください。
損保ジャパンの保険商品を例に取ると、普通火災保険(一般物件用)など今までの火災保険では補償の対象外となっていた水災、電気的事故・機械的事故など、さまざまなリスクを幅広く補償する「企業総合補償保険(オールリスク型保険)」があります。ハザードマップで洪水のリスクが確認できたら、このような保険に加入して万が一に備えることも必要でしょう。
地震に対しては「BCP地震補償保険」があります。震度6強以上の地震が契約時に指定した震度観測点で起こると保険金額の100%が受け取れるというもの。例えば熱海のホテル・旅館の主な利用者は東京の観光客です。もし首都圏直下型地震が起こったら、客足は一気に途絶えます。そこで、東京を震度観測点に指定しておき震度6強以上の地震を観測すると、企業の営業利益の減少額と、通常要する費用を超えた営業継続費用を対象に保険金が支払われます。
新型コロナによる損害を補償する専用の保険は現時点ではありませんが、既存の保険を活用することができます。契約内容にもよりますが、生命保険では新型コロナにより入院・通院をした場合、その費用や死亡時の補償を受けることができます。海外出張の多い人は、海外旅行保険に加入することで治療や死亡時の補償が受けられます。旅行終了日から30日を経過するまでに医師の治療を受けることが条件ですが、新型コロナの潜伏期間は14日程度といわれているので補償の対象になるでしょう。
また商工会議所会員向けの「ビジネス総合保険」では、休業補償プラン(感染症特約付き)を付加することで、施設がコロナに汚染されて営業が休止したことから生じた損害や消毒費用に対して保険金20万円が受け取れます。
中小企業の保険加入の状況は十分とはいえません(産業経済研究所「日本企業における災害時リスクファイナンスの現状と課題」によれば、零細・中小企業の災害保険の加入率は47・0%)。経営者の皆さまは、BCPや事業継続力強化計画を策定して、早期に事業を復旧する手順を確立する一方、国や自治体の支援策と保険を活用して資金を確保することで、会社と従業員と顧客を守ることを考えてください。
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