洋菓子店がしのぎを削る激戦地、阪神間で絶大な人気を誇る「ケーキハウス ツマガリ」。阪急甲陽線甲陽園駅から徒歩2分。朝8時30分から開店する半地下の小さな店は、平日の朝でも客足が絶えない。
店の3分の1が生菓子の工房で、ショーケースには旬のフルーツなどを使ったケーキがずらりと並ぶ。生菓子は本店だけの限定メニューで、県外からわざわざ訪れる顧客は少なくない。 おいしさを追求し、菓子づくりに妥協を許さない同社の津曲孝社長は、〝人間味〟という言葉を社訓に掲げる。菓子の風味を大切にするように、人間の持ち味を引き出す経営で多くのファンから愛されている。人を大切にする経営を実践する企業を顕彰する「第7回日本でいちばん大切にしたい会社大賞」で審査委員会特別賞を受賞した同社を取材した。
ギフト菓子に軸足移し成長
「創業当時は、生菓子のみを製造販売していました。シュークリームで売り上げを伸ばしましたが、単価が低いから売れれば売れるほど将来に不安を感じるようになりました」と、津曲社長は振り返る。しかも、つくりたての生菓子を提供するには生産体制や商圏拡大の点でも限界がある。そんなとき、宅配便の配達を見て思いついたのが、ギフト菓子だった。
ギフト菓子に軸足を置いてからは、菓子づくりに時間をかけられるようになり、原材料へのこだわりも強まっていった。バターやジャムなどは自社製で、牛乳は岩手県宮古市のしあわせ乳業から仕入れている。「山の斜面で完全自然放牧によって育てられた乳牛から搾る生乳は、さらっとしていてコクがあり、自然の恵みが感じられる」という。
卵も、魚を配合したエサは菓子に臭いが残るため、穀物100%のエサで育てる鶏舎から調達。砂糖はアルゼンチンのオーガニック砂糖で、焼き菓子に欠かせないマジパンに使うアーモンドは、香り豊かで上質なイタリアのシチリア産のものを取り寄せ、工房ですりつぶして使う。もちろん、素材の下ごしらえにも一切手を抜かない。
驚くのは、毎日10種類近くもの商品を改良しているということだ。取材中、人気の焼き菓子を口にした津曲社長はすぐさま工房に電話し、アーモンドの品種の変更を指示した。おいしさのために常に改善を欠かさない姿勢に、ツマガリのおいしさの秘密を垣間見た気がした。
津曲社長は言う。「素材の味や香りは収穫した年によって変わるし、生地の状態はその日の温度や湿度によっても変わる。人気商品だからこそ、さらなるおいしさを追求する。改良を続けてこそ、お菓子はおいしくなる」。
ITを活用した販売戦略に着目
とはいえ、素材に執着しすぎるとコスト高になり、手間をかければ生産性の低下につながりかねないが、「焼き菓子に特化したことで、逆に生産性が上昇。ネット通販が浸透し、店が休日でも売り上げを確保できるようになった」という。
さらに、同社では早くからITを活用した販売戦略に着目。顧客管理とネット通販を強化したほか、「つくりたてを届けたい」という思いから、受注生産を一元管理するジャストインタイムの菓子づくりを実現している。クリスマスケーキもつくり置きではなく、顧客が予約した時間の1時間前にスポンジを焼き始める。
「うそ偽りのないものづくりに徹する一方で、お客さまのためにITも活用する」と津曲社長。 非合理性と合理性を同時に追求する、津曲社長のまっすぐな性格と大胆な発想が、人を大切する経営につながっている。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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