東日本大震災直後の2011年7月1日、福島県の地元紙「福島民報」に「40年前の恩返し」と題した全面広告が載った。広告主は、LPガス供給を中核に太陽光発電、住宅リフォーム事業などを展開する地元企業のアポロガス。「拝啓 四十年前の駆け出し記者様へ」と始まる手紙形式の広告で、発信者は現社長の篠木雄司さんである。この日は同社にとって設立40周年の記念日だった。
掲載数日後、同紙の投書欄には「広告で初めて涙を流しました」という投稿が載ったという。一体何が読者を感動させたのだろうか。
40年前の恩返し
「恩返し」には二つの意味がある。1971年、創業間もない時期、地域振興に取り組む同社の姿勢に共感し、積極的に同社を取材し掲載することで応援した若手記者がいた。「私がどんどん書いて応援する! 今は、広告にお金を使わないで大丈夫。ず~っと先に、会社が大きくなって余裕ができたら、新聞に全面広告でも出してもらえばいいから」と彼は言ったという。実は40年後の福島民報社の社長こそ、その駆け出し記者。篠木社長は父である初代社長が受けた恩を約束通り返したのだ。
もう一つは、地元に愛され育まれてきたことに対する感謝だ。同社の地域貢献の徹底ぶりを示すエピソードがある。
東日本大震災の混乱の中、営業地域全戸の安全を確認、翌日にはガス供給を全て復旧させたものの、原発事故が起こった。同社は避難地域にこそ含まれなかったが、県外資本の会社が福島から避難する中、社員たちを避難させるべきかどうかの選択に迫られることとなった。
篠木社長は社員に「アポロガスは福島のライフラインを守る会社。私は最後まで残ってお客さまのライフラインを守りますが、避難するかどうかは個人の判断に任せます。家族と相談して、その上で私と個別面談をしましょう」と言った。
すると翌日の面談で、「お客さまを残して私だけ避難できません」「私の顔を見ると安心するおじいちゃんおばあちゃんを残して避難できません」「私は何もできないけれど、最後の最後まで社長の力になります」などと言う社員ばかりで、中には「一人で死ぬのは嫌だけれど、アポロのみんなと一緒なら怖くない」とまで言う社員もいたという。
危機に直面しても「客のため」を実践
店はお客さまのためにあるを社是とする同社には、①エネルギー供給の安定と安全を守り、質の高いサービスにより地域社会に貢献する、②社業を通じて豊かな人間性を育み、家族や社会を守り、自己実現のできる精神的・経済的環境を高める、③目先の利益や損得に惑わされず、正しさを判断の基本にして継続的に成長発展できる企業を目指す、という3つの経営理念がある。
危機に直面すると誰でも本性が出るものだが、同社の社員は皆お客のためにどうすればよいかを第一に考え、社員の家族もまた一様に同意したのである。その結果、誰一人避難することなく地元に残ることになり、地域復興のためにさまざまな支援活動を行っていった。
そうした日頃の活動を知っているからこそ、読者は広告「40年前の恩返し」を読んで涙したのだろう。理念に基づく経営の強さがここにある。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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