今年2月、松浦正敬松江市長に対して、「松江の観光をもっと面白く~地方創生に向けた新しい観光推進組織のあり方について~」という提言がなされた。松江商工会議所の古瀬誠会頭が委員長を務められた「観光推進組織のあり方検討委員会」が取りまとめたものである。筆者も委員の一人として参画させていただいた。
この提言に基づき、現在の一般社団法人松江観光協会は、来年4月を目標に株式会社となり、デスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション(DMO)を目指す。マーケティング能力に長けた人材と自主財源を確保し、観光目的地(デスティネーション)としての松江に、より多くの宿泊者と観光消費をもたらすための活動を実施する。
提言の背景には、観光振興の推進役である行政、観光協会、商工会議所の役割が不明確であり、観光イベント一つを行うに当たっても協調行動をとることができず機会損失が生じているという反省があった。特に、観光協会については、補助金依存、事業の執行権限が不明確、会員への利益還元を優先せざるを得ない、プロパー職員が少なく職員体制が脆弱(ぜいじゃく)であることから、観光推進組織としての機能を十分に果たしていないという課題認識があった。
そこで、提言では、観光協会を改組し、地域全体の観光振興を推進するためのエンジンとするべく、段階的な取り組みが必要であると指摘している。まず、株式会社化した観光協会の自立性を確保するために、組織内の執行権限と責任体系を明確にし、スピーディーな意思決定ができる組織に変える。
自立性の根幹である財源については、市内有力企業と市が資本金を出資し、事業資金は収益事業によって自主財源を確保するとともに、補助金を計画的に削減していく。ただし、立ち上げが円滑にいくよう、入湯税を安定的な財源として新生・観光協会に投入する。
経営トップに民間人材を
人材については、出資者からの適材の供給とプロパー職員の採用と育成を行い、経営トップには民間からの適材を抜てきする。陣容が整ったところで、戦略的なマーケティング活動を展開し、松江の観光振興の最前線を仕切ることになる。
なお、提言は、観光協会に地域商社としての役割も期待している。松江が育んできた地場産品を観光客に購入してもらうだけでなく、観光に訪れて松江ファンになった人々を橋頭堡(きょとうほ)として国内外に売り込んでいく戦略も担当することになる。
団体ごとに役割を分担
こうしたDMOとしての幅広い事業を展開し効果を挙げるためには、新生・観光協会が、マーケットの速度に合わせ、迅速な意思決定を行い、自らのリスクで事業の手を打っていけるための身軽さが不可欠になる。そこで、現在の観光協会が事務局を担っているさまざまな伝統行事事業を市の外郭団体である公益財団法人松江観光振興公社に移管する。
さらに、四季ごとに毎年行われている4大イベントについては、新生・観光協会は企画実施を引き続き担うものの、商工会議所が実行委員会事務局を担うことで事務局作業の負担を軽減し、観光イベントと地元産品の販売を連携させていく。また、収益性の高い遊覧船事業は公社が担当しているが、新生・観光協会との連携で魅力と品質をアップさせていく。
松江市の観光振興推進体制の出来上がり図は、地域全体の司令塔としての行政、現場をマネジメントする新生・観光協会、観光で稼げる体質を強化する商工会議所という役割分担である。鍵は、新生・観光協会である。提言は、自らの役割を常に自覚するためにも、新生・観光協会のオフィスは、市役所を飛び出し、街の中心部で観光関連団体と同居して日常的に情報共有ができるシェアオフィスが望ましいとしている。
要諦は適材と自主財源の確保
DMOとは、観光振興によって直接受益する主体が本気になり、自ら出資し人材を出すというリスクをとって団結し、「地域を高く売る」ために、商品である観光資源を磨き品質を高め、ブランドをつくり、ターゲットに訴求する販促活動を行い、その結果として、地域に観光消費をもたらす活動の中核である。既存の観光事業者を疎外した新しい組織は意味をなさず、要諦は、既存組織を改革しながら、いかに適材と自主財源を確保していくかであると思う。観光協会を株式会社化した北海道ニセコ町、入湯税の増税分を観光振興に活用する北海道釧路市の阿寒湖温泉の先行事例を学びながら、松江はその取り組みをさらに進化させたと言える。
一般論での観光振興や安売りをする地域にDMOは不要である。地域の個性を磨き、収益性の高い観光関連ビジネスを育てる覚悟のある地域は、真剣にDMOの検討をする時期にきている。
(矢ケ崎紀子・東洋大学国際地域学部准教授)
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