2018年、訪日外国人旅行者数は3000万人を超えた。リピーターも増え、訪日の目的が定番観光地や爆買い観光から地方や体験型観光へと変化してきている。そこで、外国人旅行者がこれまであまり訪れなかった地域が新たなグルメ・特産品・サービスを前面に出した新たな“おもてなし”で外国人旅行者を呼び込もうと活動している。全国各地の戦略を探る。
事例1 外国人旅行者に喜んでもらえよう青森の魅力や資源をアレンジし提供
青森県観光物産館「アスパム」(青森県青森市)
2018年の青森県の外国人延べ宿泊者数は37万9280人(速報値)と過去最高を記録し、増加率は前年比45・7%増、都道府県別で1位(全国平均11・2%増)となった。この好調を支えているのは、青森県観光連盟による積極的な誘致活動と、同連盟が運営する青森県観光物産館、通称「アスパム」である。青森県のインバウンド対策について、青森県観光連盟専務理事の高坂幹さんに話を伺った。
誘客重点エリアに集中してインバウンドを誘致
JR青森駅に隣接し、かつては青函連絡船が入出港していた港が見下ろせる場所に観光施設アスパム(ASPM)はある。ASPMの名称は青森、観光、物産、館の英文頭文字から付けられたもので、青函連絡船が廃止されて青函トンネルが開通する2年前の1986年4月にオープンした。
「青函トンネル開通により、これからは青森県でも観光を一つの産業として力を入れていこうと考え、そのための観光施設としてアスパムは建てられました。88年の青函トンネル開通記念博覧会の会場にもなり、青森の観光情報の発信拠点、そして青森の特産品の販売拠点としてスタートしました。今ではすぐ近くに大型クルーズ船が入出港するターミナルもでき、今年は27隻が来ることになっています。船を下りたお客さまは、まずここに入ってくることになります」と説明する高坂さんは、2017年4月に青森県観光連盟の専務理事に就任した。以前は青森県庁の観光国際戦略局の局長を務めており、8年前から青森県のインバウンド対策で指揮を執っている。
「新たなインバウンドを呼び込むために、青森県では四つの国と地域─中国、香港、台湾、韓国─をインバウンド誘致重点エリアと定めました。これまでのゴールデンルートが外国人観光客に飽きられ、次に北海道や沖縄が人気になり、さあ、その次はどこに行こうか、というタイミングでした。その時期にこれらの重点エリアに集中してインバウンド誘致を行ったことが、今の外国人観光客増加につながったのだと思います」
インバウンド対策というのは一朝一夕で効果が出るものではない。青森県の観光が伸びてきたと高坂さんが感じるようになったのは、今から5年前、高坂さんが県庁でインバウンドに取り組み始めて3年ほどたってからだという。
国別のプロモーションで地域の魅力を伝えていく
青森県観光連盟がインバウンド誘致重点エリアに定めた国と地域に対しては、それぞれの国によって異なるPR展開を行っている。
中国へは、中国最大のインターネット旅行会社と提携し、青森ツアーの商品企画やキャンペーンを行う。台湾へは青森りんごの高い知名度を生かし、青森りんごツアーの実施や人気ドラマとのタイアップで青森ロケを行うなどのプロモーション展開を行っている。
韓国とは20年前から飛行機の定期便で結ばれており、韓国の有名写真家の協力を得て、写真教室の生徒らを率いた青森の写真撮影ツアーを企画。それをきっかけに多くの韓国内の富裕層が青森に来るようになっている。また、オーストラリアには県の職員を常駐させ、樹氷の間を滑れる八甲田スキー場をPRすることで、それまで北海道に行っていたスキー客が数多く青森に来るようになった。
これらの展開について高坂さんは「青森が持っている魅力や資源を、それぞれの国の人たちに喜んでいただけるようにうまくアレンジして提供する。もしくは、もともと知名度の高い青森りんごのようなアイテムを核に、そこから展開するということを地道に徹底してやってきたわけです」と語る。
また、単に青森の魅力を伝えるだけでなく、別の形でのプロモーションも行っている。その一つが、青森産の活ホタテを中心とした海産物を香港の飲食店チェーンに出荷していることである。「青森の食を香港にお届けすることで、青森に旅行に来て新鮮な海産物を食べたことがある人には香港でもその味を楽しんでいただける。また逆に、香港の店で食べた人が、青森に行けばもっとおいしいものが食べられるから行ってみようとなる。そのように物販と観光をうまくリンクさせています。それ以外にも、海外展開している料理教室に青森の食材を提供して料理教室を開いてもらい、家庭にも青森の食と観光の魅力を伝えています」
ベンチャー起業と組んで「通信、情報、決済」を強化
青森県だけでなく東北地方の観光における大きな課題は、冬季観光である。スキー場以外は観光客数が落ち込んでしまうのだ。
「そこで目をつけたのが、1月末から2月にかけて春節(旧正月)の長期休暇がある中華系の人たちで、彼らに積極的にプロモーションして、雪の美しさプラス温泉と食を伝えていきました。お金とマンパワーには限りがあるので、費用対効果が一番高いところに集中してやるしかありません。青森の場合はそれがインバウンド誘致重点エリアと冬季観光で、それがうまくいったのです」
またそこには、年間を通じて観光客が来るようになることで、これまでは季節雇用が多く、そのために人手不足が懸念されている旅館業での雇用安定にもつなげようという考えがあるのだという。
さらに、インバウンド受け入れで重要な「通信」「情報」「決済」の三つについても対応を強化している。通信とは観光客がインターネットにつなげられるWi-Fi環境のことで、情報には観光情報の提供だけではなく、切符の買い方から店頭での商品説明といった通訳も含まれる。そして決済は、電子決済によるキャッシュレスでの支払いに対応することである。
「これらの環境整備は、青森商工会議所とも連携しながら、県外のベンチャー企業と組んでやっていくことにしました。ベンチャー企業の方が柔軟で小回りが利き、対応スピードも速いからです」
また、県外のベンチャー企業と組むことで、自分たちと年齢があまり変わらない人たちの活躍ぶりを見た県内の若い人たちが刺激を受け、地元で起業することを促進する狙いもあると高坂さんは言う。
これに合わせて青森商工会議所でも、昨年7月に移転した新会館の1階に起業支援スペース「あおもりスタートアップセンター」を開設した。また、県内の店舗における電子決済の促進や、免税店の負担を軽減するために免税品包装用の袋とテープを一括で購入することなども行っている。
最も重要な部分に集中してマンパワーとお金を投入する
青森のインバウンド受け入れ拠点となっているアスパムは、14階建て。その建物の中には、土産物店、青森の郷土料理が味わえる飲食店、青森湾が見渡せる展望台、日英中韓4カ国語で観光客に対応するグローバルラウンジ、そして青森の風景やねぶた祭りの迫力を360度の3D映像で楽しめるシアターが入っている。
「アスパムには多くの店舗が入っているので、観光関連の新しいシステムやサービスを試すには絶好の場所です。ここで有用性が実証されれば、県内の事業所にお声掛けして実際に使っているところを見に来ていただく。ここは新しいシステムやサービスの実験とショールームの場でもあるのです」
インターネット上では「アプティネット」という観光情報サイトを運営しており、そこでは観光に関する問い合わせに対して4カ国語で対応するチャットサービスを行っている。昨年11月の開始から3月末までに約1万1000件もの問い合わせがあったという。
「大々的に広告を打つ費用はないので、最も重要な部分に集中してマンパワーとお金を投入することが大切です。今は、広告宣伝よりも、地域の魅力を掘り起こし磨き上げる「観光開発」にお金をかけるべきです。職員が東京の駅で法被を着てチラシを配るのも大幅に減らしました。みんながソーシャルメディアの一つであるSNSで情報を拡散する時代なので、アップしたくなるネタを提供することが大事です。それを見た人がネット検索して私たちのサイトにたどり着いたら、チャットでフォローして、青森に来てもらえるよう背中を押していく。それさえやれば、観光客は来てくれます」と、高坂さんは自信を持って話を締めた。
青森の観光を発展させることで、地元の物産販売、雇用、若者の起業促進にもつなげていく。青森県観光連盟が果たしている役割は非常に大きなものとなっている。
会社データ
団体名:公益社団法人 青森県観光連盟(あおもりけんかんこうれんめい)
所在地:青森市安方1-1-40 青森県観光物産館8階
電話:017-735-5311
HP:http://www.aomori-kanko.or.jp/
※月刊石垣2019年6月号に掲載された記事です。
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